相談してきているのに怒って電話を切る夫
次のような相談を受けたことがある。相談者である夫は、妻が妻の実家ばかり大切にして、「自分の母親を大切にしない」という不満を持っている。典型的なナルシシストである。
ナルシシストにとっては妻が妻の母親を大切にするということと、夫である自分の母親を大切にすることが矛盾している。優先順位をつけていることが許せない。それがナルシシストの自己愛である。
自分の両親を愛せない人は、夫の両親も愛せないのだが、このことがどうしても、ナルシシストの夫には受け入れられない。自分の両親を大切にしない人は、夫の両親も大切にしないと説明するのだが納得しない。
まず自分を大切にしない人は他人も大切にしない。これは心の大原則である。人は自分を受け入れる程度にしか他人を受け入れられない。自分も他人も大切にする気持ちがなければ、人生の諸問題は解決できない。
このようなことを説明しているとナルシシストの夫は怒り出す。そして中には怒って電話を切る人がいる。怒って電話を切る人は、「妻が悪い」という自分の立場に固執する。自分の立場に固執するのは神経症者である。
パラダイム・シフトとかマインドフルネスというのは、今起きている事態を、この夫が妻の立場からも考えてみることである。ナルシシストにマインドフルネスとかパラダイム・シフトは期待できない。
「誰かを愛するということは、自らの愛する力を実現することであり、集中することである。」とフロムは言う。会社を大切にするのは本来家庭を大切にすることと矛盾しない。
会社を大切にすることと親を大切にすることと矛盾してしまうのは、親孝行ではなく実はマザコンであったのだろう。ナルシシストとは「はかない命なのだなー」と言いながら、酒を飲んでいるような人である。
自分に酔っている。手を見て「荒れたなー」と思う。自分に酔っていては人と親しくなれない。ナルシシストは母親にはなれない。子どもを見ていないのだから。
ナルシシストは自分の指の傷の治り具合をジーッといつまでも見ている。自分の肉体へ異常な関心がある。自分の肉体のある部分を見ても、見ても見飽きない。ナルシシストは病気を怖れて自分の体のことに気を奪われている。
自分の健康への執着ということがナルシシズムの情熱ということであろう。親孝行をはじめ、かくも簡単に日本の伝統文化が崩れたのは、その根底にナルシシズムがあったからであろう。
ナルシシズムが、今の日本の諸悪の根源である。「メンヘラの精神構造」の中心の概念はナルシシズムであるが、同時にそれは「現代日本の諸悪の根源」である。
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。