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弁護士仕分け人が語る「事業仕分けこぼれ話」~その2「なぜ『事業仕分け』という面倒な取り組みが必要なのか」(2)

水上貴央(弁護士)

2011年01月05日 公開 2022年12月21日 更新

水上貴央

"多額な補助対象選定費用~ものづくり中小企業製品開発等支援補助事業~

 事業仕分け第1弾で仕分け対象となった、「ものづくり中小企業製品開発等支援補助金事業」は、ものづくりを支える中小企業の競争力を維持・向上させるために、その研究開発を補助するものです。平成21年度補正予算で、緊急経済対策として572億円もの巨額の予算が計上されることになったものの、その分配がずさんな形で実施され、未消化予算が発生した一方、多額の分配コスト(死に金)がかかった疑いの強い事業でした。

 中小規模のものづくり企業の競争力を強化しなければならないという政策目的自体は、私を含むすべての仕分け人としても異論のないところであったと思います。

 しかしながら、問題は、受益者がきわめて限られていた点にあります。受益者として想定されるものづくり中小企業は全体では46万社あるにもかかわらず、実際に補助の対象となったのは、補正予算では2,282社(中小企業全体の約0.5%)に過ぎません。仕分け対象となった平成22年度予算要求では対象者数が285社(全体の0.06%)とさらに減っています。

 こうしたごく少数の受益者に補助金を配るために、平成21年補正予算については約32億円の間接コストが発生し、うち約20億円については、全国中小企業団体中央会に対して配布コストとして支払われています。

 この分配費用は、実際に採択された補助事業数(2282社)を分母にすれば1件あたり約86万6,000円の費用となり、申請数(約1万2,000社)を分母としても1件あたり約16万6,000円となります。申請においては、大半が書類選考で落とされることになり、書類選考のコストは比較的小さいと考えられますから、申請数を分母としても16万円超の費用というのはあまりに割高です。

 この事業は、「景気対策」と「中小企業の競争力強化」という2つの目的がある事業なので、この両面について、それぞれ検証する必要があります。

 まず、景気対策という面からこの事業を評価すれば、(1)あまりに受益者数が少なく、かつきわめて短期間で分配先が決められていることから恣意的補助の疑いがある、(2)分配コストが余りに高く費用対効果が悪い、という2つの問題をもつことがわかります。

 たしかに、結果として補助金をもらうことができたごく少数の受益企業では、「経営が助かった」「倒産を免れた」という例があるのでしょう。しかし、本補助金の分配プロセスからすれば、分配を受けた企業よりも将来有望であったのに、本補助金の分配を受けられずに倒産した企業もまた多数存在することは想像に難くありません。

 また、緊急経済対策として中小企業の0.5%というごく限られた対象に補助金を配るという本事業で、国全体としてトータルどれだけの景気浮揚効果(景気下支え効果)があったかという効果検証はまったく行なわれていません。

 このように、受益者が限定された補助事業では、景気全体に影響を及ぼすほどの効果が出にくい一方、公正・公平性を欠く分配が行なわれる危険性が高くなります。本補助金に関する情報へのアクセスがしやすい地元議員とのパイプがある企業等が、優先的に補助を受けられた疑いも否定できません。

 加えて、補助金の分配のための費用が多額に発生し、それが特定団体に中抜きされているという構造からすれば、その金が「生きた金」であったかは疑問です。

 一方、競争戦略としてこの事業を捉えた場合、すなわち特に有望な製品を開発しうる潜在能力がある企業に対して集中的に製品開発の補助を行なうことが本事業の目的だとすれば、少数の対象者に補助金を配ること自体は正当化され得ます。

 しかし、こうした選択と集中を公正なかたちで行なうためには、短期的に多額の補助金を配るというやり方は不向きであり、費用対効果を低下させます。公正さを担保して、補助対象を選別するということは、かなり手間のかかる作業となるからです。

 補助対象の選定にあたっては、選定要件をあらかじめ公開し、さらに選定プロセス自体についても議事録等を全面公開する必要があります。また、補助の結果として、どれだけの企業が実際に新製品の開発に成功し、どれだけの特許等を申請・取得し、いくらの収益をあげたかという点について追跡検証を行なわなければ、当該補助金がほんとうに適切に使われたのかが事後検証できません。

 補助事業の展開にあたっては、まず小額のパイロット事業を行ない、補助事業以外の方法と比べても費用対効果が高いことが認められてはじめて本格展開するといった方法や、補助開発段階のいくつかのフェーズに分け、中間達成目標をクリアして、次の段階に進む際に、フェーズごとに分割して補助金を配布する方法などが検討されるべきでしょう。

 さらに、そもそも国が補助対象を選んで、ごく少数の企業に補助金を直接配るという方法が、本当にもっとも効果的なのかという点についても、公正・公平な分配および費用対効果の視点から、慎重に検討する必要があります。

 金融機関による出資・融資に国や地方自治体が一定割合の保証を付ける手法や、金融機関からの出資・融資を受けた際の審査結果を補助金審査の要件として提出させ、実質的な審査を金融機関に実施してもらう方法に比べ、本事業の仕組みが政策目的との関係でより効果的といえるのかについて検証が必要です。

 審査機能を相当程度金融機関にゆだねる方法では、民間金融機関が金を貸したいと思うような競争力の強い中小企業ほど補助対象として選別されやすく、補助金を受けやすくなりますから、景気対策・倒産防止策としての効果は薄れることになります。しかし、この補助事業が競争力強化を政策目的とするのであれば、軸足はあくまで有望な中小企業への補助とすべきです。

目的が複数あるヌエ的事業の多くは費用対効果が低い

 仕分けの議論をしていると、複数の政策目的を有しているとされる事業を散見するのですが、こうした事業は費用対効果に問題がある場合が多いといえます。

 倒産防止策や景気対策という経済支援・救済政策と、中小企業の技術力強化という競争政策を、一つの枠組みで実施するということ自体に、制度設計上無理があります。緊急経済対策という名の下で、強引にヌエ的な補助事業を行った結果、多額の分配コスト(死に金)が生じ、一方で、有意な競争力強化の効果も、景気対策の効果も検証できないという事態が生じたというのが、この事業の抱える問題の本質です。

 このように、事業仕分けとは、個別事業の政策目的と実施内容を一つひとつ明らかにし、その費用対効果を検証していく作業です。この地道な作業を続けていけば、結果として行政事業全体に関する費用を削減することにつながっていくと考えられます。こうした行政検証を、すべて事業仕分けという枠組みで実施するか、あるいは他の仕組みと連携を図っていくかという議論はもちろんありうるところですが、いずれにせよ、行政事業の費用対効果を絶えず検証していくことは必須の取り組みです。

 しかしながら、実際に事業仕分けの議論を進めると、費用対効果・投資対効果を検証すること自体が、ともすれば放棄されがちな事業というものも存在します。次回は、大義名分の陰に費用対効果・投資対効果の検証が放棄されがちな事業について、論を進めます。"

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