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社会

実は、生活保護の受給は「貧困の罠」 コロナ失業をどう救うべきなのか?

鈴木亘(学習院大学経済学部教授)

2020年12月02日 公開

 

生活保護の貧困の罠

その後生活保護の受給者はは急増した。2007年に1.2%だった受給率は、2011年に1.6%を超えた。

問題は2012年末以降、アベノミクスで景気が急回復し、好調が持続する中でも、なかなか生活保護受給者数が減少せず、高止まりを続けたことである。これは何が原因だったのであろうか。

もちろん、生活保護受給者が増え続ける底流として、日本社会の高齢化が進み、その高齢者の一定割合が年金不足などの理由から生活保護に陥っていることがある。

しかし、リーマンショック以降に急増した稼働能力層(統計の分類上は「その他世帯」)の数が、景気が回復してもなかなか減少せず、生活保護の平均受給期間が延び続けたことも、大きな原因である。つまり、十分に働ける人々が、景気回復にもかかわらず、生活保護にとどまり続けてしまったのである。

なぜ、彼らは生活保護にとどまり続けてしまうのか。それは、ひとたび生活保護を受給すると、そこに安住し、生活保護から抜け出す意欲を失ってしまうからである。

このことを専門用語で「貧困の罠」と言う。貧困の罠が起きる理由は、第一に、生活保護費が過不足の無い金額であり、ワーキングプアと呼ばれる人々よりも実収入が高いことが挙げられる。

第二に、生活保護制度は、働くとその分だけ生活保護費が減らされるという「働き損」の仕組みとなっている。実際には「勤労控除」として経費分程度の控除が認められているので、労働所得の全てが生活保護費の削減で相殺されるわけではないが、手元に残る分は概ね1割程度である。

 

働いたら負け

例えば、稼働能力層の生活保護受給者が、景気回復でパート・アルバイト程度の職を見つけ、働き始めたとしよう。もちろん、まだ、生活保護から抜け出せるほどの収入ではない。

時給902円の収入を得るとすると(2020年10月現在の全国平均の最低賃金)、生活保護費が大きく減らされるので、その分を差し引くと実際の時給は90円程度になってしまう。これでは、働くのがバカバカしくなるのが当然である。

第三に、それでも何とか働いて生活保護を抜け出した場合、生活保護よりもむしろ生活水準が下がってしまう場合が多い。生活保護費は、生活扶助や住宅扶助だけではなく、実は家賃以外に敷金・礼金も支給される。

医療や介護の自己負担額は無料の上、教育扶助については高校や専門学校の学費のほか、補習塾程度の塾代まで支給可能である。生業扶助として運転免許取得のための教習所代も出る場合もある。

さらに、生活保護に連動して無料となる各種サービスがある。例えば、認可保育所の保育料は生活保護世帯の場合は無料であるし、NHKの受信料なども支払う必要が無い。

しかし、生活保護からひとたび脱すると、これらの費用は全て自分で支払わなければならない。それに加えて、所得税や住民税も支払うことになる。最低賃金程度の時給の仕事では、相当の長時間労働をしない限り、生活保護費を上回る生活水準にはなり得ない。

まさにワーキングプアである。このため、よほど好条件の仕事に復帰できない限り、生活保護から抜け出る必然性がないのである。

 

第二のセーフティーネットを活用せよ

以上のことを考え合わせると、今回のコロナショックでは、働く能力のある失業者に生活保護を安易に認めるべきではない。リーマンショック時と同じ過ちを繰り返してはいけない。

働く能力のある人々には第二のセーフティーネット――つまり、「求職者支援制度」を活用してもらうべきである。

求職者支援制度は、収入や資産要件を満たす雇用保険を受けられない人々を対象に、民間の教育訓練機関が実施する職業訓練を受講する代わりに、その間の生活費として月額10万円の「職業訓練受講給付金」が支給される仕組みである。

支給期間は原則1年であるが、必要と判断される場合には2年まで延長できる。公共職業訓練と同様、通学にかかる交通費や、月額1万700円の寄宿手当も支給される。

給付金だけでは生活費が不足する場合には、希望に応じて労働金庫から、月額5万円(配偶者や子どもなどがいる場合には月10万円)の融資制度も利用できる。

失業給付の「公共職業訓練」同様、まさに至れり尽くせりの仕組みである。ただ、求職支援制度を利用するには、①収入要件(本人収入が8万円以下、世帯収入が25万円以下)や、②資産要件(世帯の金融資産が300万円以下、居住する土地・建物以外に土地・建物を所有していないこと)を満たさなければならない。

このように生活保護制度のような資力調査(ミーンズテスト)を課して対象を制限している理由は、雇用保険料を支払っていない人々に対する対策を、雇用保険で行っているという矛盾があるからだろう(ただし、形式的には企業が払う保険料と公費が財源)。

また、現行の求職者支援制度はいくつか改善しなければならない点がある。第1に、求職者支援制度が終了した後、就職活動がうまくいかなければ、生活保護を申請できる逃げ道が用意されている。

これでは、求職者支援制度に強力なモラルハザードが働き、単に生活保護が認められるまでの「つなぎの制度」になってしまう。そこで、リーマンショック以降に厚生労働省が発出した通達を変更し、稼働能力要件を求める従来の制度に戻すべきである。

生活保護を管轄する福祉事務所は、ハローワークとよく連携し、稼働能力層の生活困窮者を、必ず求職者支援制度につなげるようにする。

第2に、その代わりに求職者支援制度は、失業者が希望すれば必ず利用できる使い勝手の良い制度に改める。具体的には、既に述べた収入要件や資産要件を大幅に緩和する。

取得できる技能・資格も、コロナ収束後のIT・デジタル社会の到来を見据え、IT関係などをもっと充実させた方が良いだろう。コロナ禍でも、介護分野は壮絶な労働力不足に陥っている。介護関係の資格を取得してもらえば、必ず就職先が見つかるはずである。

 

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