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最愛の人に「死にたい」と言われたら? 絶望を経験した親子の“奇跡”



2021年01月19日 公開

岸田奈美(作家)

 

「死んだ方がマシだった」?

でも、命と引きかえになったものもある。母は下半身の感覚をすべて失った。一生歩けなくなったのだ。

「車いす生活になるけど、命が助かってよかったわ」
母は笑っていた。あのときホッとしたわたしを、わたしはなぐってやりたいといまでも思う。

母はそれから2年間、入院した。それまで歩けていた人が、急に歩けなくなるというのは、想像を絶する苦しみだ。ベッドから起き上がるどころか、寝返りすらも打てない日々が続いた。毎日、毎日、母は車いすに乗り移る練習をくり返していた。

「大丈夫やで」という母は、大丈夫ではなかった。

ある日、高校からの帰り道、病院へお見舞いに行ったときのことだ。その日も母はめちゃくちゃ元気だった。

「じゃあまた来るから」と病室を後にして、携帯電話を忘れたことに気がついた。引き返すと、病室でだれかがわんわん泣いていた。

まさか母なわけないよな、と思った。そのまさかだった。

「もう死にたい」母の声が聞こえた。聞いているのは、看護師さんのようだった。

「歩けないわたしなんて、ヒトじゃなくて、モノになったのと同じ。子どもたちにしてあげられることもない。生きてても仕方ない」

ああ、母は本当は、とっくに限界を越えていたのだ。早くかけ寄って、なぐさめないと。でもわたしは一歩も、動けなかった。

「死んだ方がマシだった」

母の本音を聞いて、息ができなくなった。わたしのせいだ。

わたしが手術の同意書にサインをしなければよかった。生き地獄に、母を突き落とすこともなかった。どうしよう、とり返しのつかないことをしてしまった。

 

「死にたい」気持を肯定すること

母にようやく、外出許可が降りるようになった。母は、わたしが病室の外で聞いていたことを知らなかった。わたしばかりが焦っていた。だから、ふたりで街へ出かけようといった。母が好きなお店に行けば、きっと元気になってくれる。そう思った。

母はとても喜んでくれた。でもそれも、最初のうちだけだった。

駅に到着したまではよくても、地上へ出るためのエレベーターが見つからなかった。ようやく見つけても、故障や節電で動いておらず、駅員さんを探して30分もさまよった。

人ごみで、車いすが何度も歩いている人にぶつかった。

「すみません」「ごめんなさい」「通してください」わたしたちは、何度もくり返した。

楽しみにしていたお店は、ぜんぶ階段があったり、通路がせまかったりして、車いすでは入ることができなかった。歩いていたときは、こんなの気づかなかったのに。

さんざん歩きまわったら、身も心もヘトヘトになった。ようやく入れるカフェを見つけ、席についてパスタとジュースを注文すると、途端に母は泣き出してしまった。

「ママと一緒にいたら大変やんね。迷惑かけてごめん」
「そんなことないで」
「あのね、ママね、ずっと奈美ちゃんにいえなかったことがあるねん」

なんとなく、いいたいことはわかっていた。

「ほんまは生きてることがつらい。ずっと死にたいって思ってた」

あんなに優しくて明るかった母が、わたしの前で泣いた。母の涙を最後に見たのは、父のお葬式だ。知人から「つらいと思うけど、母親のあなたが泣いたら子どもたちが不安になるから、見えるところでは泣かないで」といわれたことを、律儀に守っていた母だ。

「そんなこといわないで」「死なないで」そういう言葉は、ひとつも口をついて出てこなかった。わかっていた。そんな言葉がなんの力にもならないほど、母が絶望していることを。

わたしは、運ばれてきたパスタをパクパク食べながらいった。なにかしていないと、わたしの方が泣いてしまいそうだった。

「ママ、死にたいなら、死んでもいいよ」
母はびっくりしたように、わたしを見る。
「死ぬよりつらい思いしてるん、わたしは知ってる」

母を追いつめたのは、手術同意書にサインしたのはわたしだ。わたしが母の死にたいという気持ちを、否定してはだめだ。

そう思って、いった。でも情けないことに、母の顔を見ていると「やっぱり死んでほしくない」というわたしの本音もわき上がってくる。

パスタを食べながら、続けた。

「もう少しだけわたしに時間をちょうだい。ママが、生きててよかったって思えるように、なんとかするから」
「なんとかって……」
「大丈夫」

でまかせだった。不安そうな母に、わたしは笑っていった。

「2億パーセント、大丈夫!」

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