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一切の性教育を受けなかった女性の「衝撃と苦悩」



2021年04月01日 公開

デボラ・フェルドマン(訳:中谷友紀子)

デボラ・フェルドマン
『アンオーソドックス』の著書であるデボラ・フェルドマンさん(写真:Alexa Vachon)

NYのブルックリンに存在するユダヤ教超正統派コミュニティ(ルビ:ウルトラオーソドックス)で生まれ育ったその女性デボラは、17歳で婚約させられ、コミュニティ独自の花嫁教室(結婚式の前に花嫁になるための教育を受ける場所)で、はじめて自分のからだやセックスについて知ることになった。

そのコミュニティでは、テレビやラジオなど文化的なものも禁じられており、学校では、女性に性教育を受ける機会を与えない。ユダヤ教超正統派では、もし婚約前に女性に性教育をすると、男性が女性のセクシュアリティをコントロールすることができなくなると考えられていたからだという。

本稿では、デボラさんの著書『アンオーソドックス』より、17歳まで性教育を受けてこなかったことで受けた衝撃や苦悩の一節を紹介する。

※デボラ・フェルドマン『アンオーソドックス』(&books/辰巳出版)の一部再編集したものです。

 

17歳で初めて知った「自分の体の意味」

ひりひりするような視線をわたしに投げながら、先生は女性の体内にある神聖な場所について説明をはじめた。

男性と女性の身体は、パズルのピースのように合わさるように作られている。壁に囲まれた通路を進んでいくと小さな扉があり、あけるとそこが子宮、つまり“生命の源”なのだという。

そんな仕組みが身体のどこにあるのか想像もつかなかった。先生は"生命の源"に至るその通路への入り方を説明するために、親指と人差し指で作った輪のなかにもう一方の人差し指を突っこんで出し入れする奇妙な仕草をしてみせた。

その動きでパズルがはまるということらしい。それでもわたしにはその通路とやらが身体のどこにあるのかわからなかった。わたしの知るかぎり、おしっこの出る場所にそれほどの伸縮性はないはずだ。わたしは話をさえぎった。

「あの、わたしにはないんですけど」ばつの悪さで笑ってしまった。もしあったとしても、人差し指みたいに太いものが入るはずがない。それがなんだとしても。

先生は困ったようにわたしを見た。「ありますとも、誰にでも」

「でも、本当にないんです」急に不安になってきた。先生の言う通路がわたしにはないなんて。自分の身体にある穴に気づかないはずがない。パニックが押し寄せた。花嫁に生まれつき"生命の源"がないと、結婚は取りやめになるんだろうか。目に涙を溜めながら、自分にはそんな穴はないともう一度訴えた。不愉快な手の動きをやめてほしかった。

「先生のおっしゃるものがわたしにはないんです。たぶん、生まれつき。そんな穴があったらわかるはずでしょ」

「いいから、落ち着いて」先生はため息をついた。「自分ではないと思っていても、あるんです。生まれつきの異常などではありません。これまで気づかなかっただけ。どこにあるか、たしかめていらっしゃい」

 

魂の入れ物ではなく、子宮を持つ身体だったと知った衝撃

先生の家でそんなことをするのは耐えがたかったが、強く言われて、というよりむしろ、自分のとんでもない欠陥がスキャンダルになるという恐怖に駆られ、わたしは言われたとおりにした。

バスルームに入り、トイレットペーパーを千切って右手の人差し指に巻きつけ、おそるおそる下のほうを探った。後ろから前に向かってゆっくりと指を動かし、そのあいだに穴らしきものがないか探す。やっぱりない。もう一度。指に触れるのは谷間のような窪みだけだ。もしかしたら、男性側のピースがはまり、子宮の祭壇に種を捧げる場所というのはその窪みのことなのだろうか。

わたしはバスルームを出て、おずおずとうなずいた。たぶんそういうことなのだ。でも、自分の発見に裏切られたようにも感じた。それほど大切なものの存在が、なぜ隠されてきたのだろう。

なぜこんなにいきなり知らされないといけないのか。これまでは子宮などないものとされてきたのに、結婚することになったとたん、その大いなる入り口が"神聖なもの"に変わるということなのか。先生の前に立ったわたしは、憤慨と混乱でいっぱいだった。

あの日を思い出すと胸が痛くなる。自分の身体や自分が持つ力について知るのはいいことだが、あの瞬間はわたしの人生をふたつに引き裂いた。先生の家を訪ねるまではただの娘だったわたしが、あの場で子宮を持つ娘に変わった。

自分の身体がセックスするように設計されているということを、いきなり衝撃的な形で知らされた。誰かがわたしの身体に、性行為のために特化した場所を作ったのだ。ウィリアムズバーグで育ったわたしは、セックスにまつわるあらゆる事柄から巧妙に遠ざけられてきた。

わたしたちは霊的な存在であり、身体は魂の入れ物のはずだった。自分がこれまで考えたこともなければ、考えたいと思いもしなかった身体の領域を、これからは意識しながら生きていかないといけない。性的なものとは無縁だったわたしの身体は、変化に抵抗した。その抵抗はじきにわたしの幸せを邪魔し、やがて結婚生活を壊すことになった。

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