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社会

「猫がいるから入院できない」独居男性の最期の願いに医師はどう応えたか?

中村明澄(在宅医療専門医)

2021年06月07日 公開 2021年07月09日 更新

 

「猫を置いてはどこにも行かない」

――家族での話し合いが重要になりますね。先ほど、中村先生が看取られた完全なひとり暮らしの方はお二人と仰いましたが、その一人は猫が在宅医療を選んだ理由だったとか。

【中村】そうなんです。肺がん終末期の50代男性・D太さんは、何より大事なのが猫とタバコという人でした。私が訪問診療に行き始めた段階で、すでに自分のことを自分でするのがむずかしい状況でしたから、入院を相談したこともありました。

でも、とにかく猫が心配でしかたなくて「猫を置いてはどこにも行かない」と最期まで自宅での療養を望んでいました。ちなみに、猫の名前はきなこちゃん。

具合がかなり悪くなり、いつ亡くなってもおかしくない状態になってきたとき、どこまでご本人の意向に沿えるのかを、ご本人とともに、スタッフ全員で話し合うことにしました。

彼が一人きりになる時間が心配ではありましたが、最終的に「本人の選択だから、私たちにできることを最大限やって、彼の思いを最期まで支えよう」と合意し、入院はせずに最期まで自宅で療養することに決まりました。

ある日訪問看護師が訪ねると、落ちたタバコをベッドから拾おうとしたのか、手を伸ばした体勢のまま、D太さんは亡くなっていました。それでも猫の餌はベッドの上に置かれていて、最期まできなこちゃんの世話をしていたことが見て取れました。

最期までブレずに自分の生き方を貫いた、とても印象深い患者さんです。なおきなこちゃんは、一度は殺処分の危機に陥ったものの、現在は里親のもとで元気に暮らしています。

――在宅医療は患者さんの意思をとても尊重してくれるんですね。

【中村】猫の里親探しにまで奔走したのは初めてのケースでしたけどね(笑)。在宅での療養を支えていくために、医師、看護師、介護士、ケアマネージャーなど、たくさんの専門職が患者さん一人につき一つのチームを結成します。

それぞれの領域のプロが知恵やアイデアを出し合い、「この患者さんがどうしたいか、このご家族はどう支えていきたいか」を実現できるようにサポートするためです。自分らしい過ごし方を叶える第一歩は、患者さんご自身やご家族が「こうしたいんだ」という思いを伝えることです。

極端に言えば、意向がまとめられて、その意向をまわりにしっかり伝えられたら、あとは何もいらないくらいです。みなさんの意向を伝えていただければ、あとは私たち在宅医療・在宅ケアに関わる専門職が全力で、ご希望の過ごし方をサポートしていきます!

 

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