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生き方

ダウン症の弟と過ごして抱いた「障害者」という枠に当てはめる“ぎこちなさ”

岸田奈美(作家)

2021年06月25日 公開 2024年12月16日 更新

ダウン症の弟と過ごして抱いた「障害者」という枠に当てはめる“ぎこちなさ”

作家の岸田奈美さんは中2の頃に父親を心筋梗塞で亡くし、その3年後に母親が大病を患い手術を経験する。手術は無事に成功し、現在は車いす生活をしている。

今年3月、新型コロナが猛威を振るうなか母親が十数年ぶりに倒れた。岸田さんは入院することになった母親の代わりに、ダウン症の弟、もの忘れの激しくなった祖母が暮らす神戸の実家に帰ることに。

突如はじまった、弟と祖母と3人暮らし。岸田さんは『もうあかんわ日記』と題して、生活の中で噴出する問題をnoteにユーモア溢れる文章で記録してきた。それが今回1冊の書籍になる。

本稿では同書から、岸田さんが東京でのダウン症にまつわる取材を受けたときの一説を紹介する。

※本稿は、岸田奈美 著『もうあかんわ日記』(ライツ社)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

東京の自宅に戻り、テレビ出演

今日は、先月に引き続き、日本テレビ「スッキリ」にコメンテーター出演をした。

朝8時からの出演だけど、わたしが家を出るのは5時半。愛と信頼のエムケイタクシーが、黒くてでっかいアルファードで迎えに来てくれる。

いつもきっかり25分に「到着しました」とドライバーさんから電話が入るのだけど、時間が時間なので、寝坊の防止も兼ねてんのかな。

ヘアメイクはあっちでやってくれるし、朝ごはんもお弁当が出るので、着の身着のままなら5分でたぶんいける。絶妙な最終防衛ラインだ、25分というのは。

ヘアメイク室に行くとき、今日は障害のある人の異彩を世に放つ「ヘラルボニー」のアートスカーフを持ってきているのを思い出した。工藤みどりさんの作品だ。

ヘアメイクさんに、
「これ、なんかヘアアレンジとかに使えないですかね」とお願いしたら、

「え?……ええっ、ええ~?ちょ、えっと、やってみます」ってすごく戸惑わせてしまった。

でも結局、いい感じの編み込みっぽくアップスタイルでまとめてくれたので、プロってすごい。

ただちょっと、実家で過ごした気絶しそうな日々のせいか、顔が信じられないほどむくんでいた。

「ちょっと失礼しますね」

メイクさんが、拳を突き出した。そのまま、甲の出っ張った部分を、わたしの頬ほおから顎にかけて、押しつけていく。ゴリゴリゴリッと、体から鳴ってはいけない音がした。悲鳴をあげたのち、顔はちょっと縮んでいた。拳1つで解決する、プロってすごい。

ヘアメイクは2人体制。1人が髪の毛をひたすらブローしていき、1人がメイクする。髪の毛を引っ張ってくるくるしていくから、もちろん顔は斜めになるし、揺れる。

その状態で、もう1人が、顔にいろんな液体を塗りたくっていく。揺れる顔面でアイシャドウやラインまで引いていくのを見て、ビビった。

名探偵コナンに、赤井秀一というFBI所属の天才スナイパーがいる。パンク寸前のタイヤでバランスを崩しながら爆走している車の後部座席に乗り、後ろから追ってくる公安の車のタイヤを、正確に撃ち抜いていくという、ぶったまげたシーンがある。

彼はスコープをのぞきながら、ドヤ顔で言う。

「規則的な振動なら……計算できるっ!」

今日のメイクさんはそれだった。完全に、髪の毛を引っ張りまくられるわたしの揺れを計算していた。何度でも言うけど、プロってすごい。あれよあれよという間に、別室へ移動して出演。

でっかい失敗はしてないと思うんだけど、ちょっと調子が出なかった。話を振ってくださったみなさんに、申し訳ない。

ここ最近、あまり人の前で話さず、話題も介護かイオンのことばっかだったので、広い世のなかのことに対する頭の回転力があきらかに落ちてた。でも、ここへ来て、ピンッとした緊張をもって、プロフェッショナルたちが起こす大きなエネルギーの渦に、飛び込ませてもらってよかった。

これで明日から、また、神戸でがんばれる。

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