「事前積み立て」の導入で世代間格差の解消を
2011年01月11日 公開 2022年12月21日 更新
" 新年がスタートしたが、昨年の日本は暗い話題が多かった。その背後には急速な少子高齢化がある。高齢者の増加と労働人口の減少により、日本経済は大きく変動し、いまや次第に衰退しつつある。また、日本の公的債務(対GDP)は先進国最悪の水準で、毎年約1兆円ペースで膨らむ社会保障予算は財政破綻リスクを高めている。
足元の対策も必要だが、もはや残された時間は少なく、現行制度を微修正するその場凌ぎの対応では危機を乗り切ることはできない。いま日本が直面している政治経済の混迷と閉塞状況は、この事実を明確に表している。
つまり「対症療法」はあきらめ、一刻も早く、日本再生のための抜本改革に着手する必要がある。その決断と責任がいまの政治には求められている。
必要な改革は、大きく二つある。まず一つは、崩壊する財政・社会保障の再生である。もう一つは、成長戦略の推進だ。後者は私の専門でないから、以下では、前者の「財政・社会保障の再生」についての見解を述べたい。
日本財政の余命は10年
まず、財政の現状である。対GDPで約200%。これは、いまの日本が抱える公的債務だが、この巨額の債務は主に家計が支えている。預金や年金・保険というかたちで集まった家計マネーの多くが金融機関を通じて、国債に流れ込んできた。
このように、いまや約1,400兆円にまで膨張した家計貯蓄をベースに、国債は安定消化が図られてきた。だが、これから急速に高齢化が進展し、団塊世代が老後の生活費として貯蓄の取り崩しを本格化させるなか、これまでのように家計マネーが国債を安定的に吸収できるとはかぎらない。拙書『2020年、日本が破綻する日』(日本経済新聞出版社)でも説明したように、政府の借金が2020年までにその原資の家計貯蓄を食い潰してしまうかもしれない。この見通しが妥当とすると、日本財政の余命は10年になる。
また、2011年度の予算編成は、国債費を除く歳出を71兆円以下、財政赤字(国債発行)を44兆円以下に抑制する方針で進められた。しかし、この44兆円の国債発行は新規財源債のみで、借換債などを含む国債発行額は2011年度で170兆円超に及ぶ見込みだ。いまは景気が低迷し、国債利回りが1%前半で推移し、国債利払い費は10兆円程度で安定している。だが、税収が国債発行額よりもずっと少ない日本では、景気回復の過程で、国債利回りが上昇すると、財政収支が悪化して、財政危機が顕在化する可能性が高い。
一般的に、景気後退期の財政再建は得策ではないが、もはやそのような原則が当てはまる状況でない。また、景気回復への期待も、労働人口が減少するなかで、従来のような成長を持続的に達成できるかは不透明である。
以上のとおり、財政は危機的な状況にあるが、この主な原因は高齢化による社会保障予算(年金・医療・介護)の膨張と安定財源の不足にある。だから道は大きく二つしかない。つまり社会保障予算の大幅削減か、必要な安定財源の確保である(あるいは両者)。
前者については構造改革を進めた小泉政権が、社会保障予算の自然増1兆円のうち約2,200億円を削減し、約8,000億円の伸びに抑制する方針を採用したが、医療崩壊や格差拡大などさまざまな問題を噴出させ、改革は頓挫してしまった。その結果、構造改革に否定的な世論が形成され、いまの民主党政権が誕生した。また社会保障(年金・医療・介護)の公費負担は、高齢化のピークである2055年までに30兆円近くも増加することが見込まれる。
このような状況において、社会保障予算をある程度まで抑制できても、累積で数十兆円にも及ぶ大幅削減を行なうことは不可能に近い。さらに昨年は増税なしに財源を発掘するため、特別会計等の「事業仕分け」が進められたが、そこで明らかになったのは、交付税特別会計に代表される34兆円にも及ぶ「埋蔵借金」であった。
つまり、いっそうの予算削減の余地は少なく、残された道は一つ、安定財源の確保しかない。そして、その有力財源は消費税である。消費税を含む税制の抜本改革は避けて通れず、政治がこの問題から逃避することは無責任である。しかし現状は消費税の議論を封印しており、社会保障の安定財源に関する議論ができずに、財政・社会保障の将来像には不透明感が漂っている。
その象徴は、2011年度予算編成における基礎年金の国庫負担の扱いをめぐる政治の迷走であった。いまの国庫負担割合は、財投特会の積立金や鉄建機構の剰余金などを特例で活用して、どうにか50%を維持している。だが、これら資金は枯渇し、一時凌ぎの対応はもはや不可能なことは明らかだ。
看過できない「ツケ」の先送り
ところで、いまの社会保障(年金・医療・介護)は、現役世代が老齢世代を支える「賦課方式」を採用している。これは一種の「ねずみ講」で、筆者の試算によると、いまや、将来世代と老齢世代(65歳以上)とのあいだで1億2,000万円にも及ぶ世代間格差が発生している(図)。だから、社会保障の安定財源を確保する際、賦課方式を維持したままで増税すると、「老齢世代=高福祉、現役世代=高負担」となり、むしろ世代間格差は拡大してしまう可能性が高い。消費税による増税は、労働所得税と比較して、老齢世代にも一定の負担を課すことができるから現役世代に若干有利な政策だが、それでも効果はあまり変わらない。
では、どうすればよいのか。解決策は簡単で、それは「事前積み立て」と呼ばれる方法である。紙面に限界があり、詳しい説明は前述の拙著をご覧いただきたいが、この「事前積み立て」は超高齢化社会での支出増に向けた貯蓄の性質をもち、社会保障が抱える世代間格差は、この仕組みを賦課方式の社会保障に補完的に導入することで改善できる。
ここでは簡単に、事前積み立てのイメージを紹介しておこう。急速な高齢化の進展にともない、今後、社会保障予算はさらに膨張すると同時に、現役世代の負担(例:保険料)も徐々に上昇していく。その際、仮にいま10%の保険料が20%に上昇するなら、あらかじめ早期の段階から、保険料を15%程度に引き上げておく。すると、ある一定期間(例:2050年)までは保険料収入総額が給付総額を上回り、社会保障収支は黒字化し、積立金ができる。一定期間以降は、この積立金を取り崩して、保険料の上昇を抑制する。このように事前積み立てを活用し、社会保障の負担を平準化する。
もっとも、約1億2,000万円にも達する世代間格差の改善にあたり、いまの老齢世代に追加負担をしてもらう視点も欠かせない。その際、年金課税や相続税・金融資産課税などの強化も考えられる。だが、「平成21年度・家計の金融行動に関する世論調査」(金融広報中央委員会)によると、60歳代の金融資産保有額は中央値900万円であり、貯蓄がない60歳代世帯は19.9%もいる。したがって、現実的には一部の裕福な老齢世代を除いては、その追加負担にも限界がある点も念頭に置く必要があろう。
なお、世代間という視点でみると、社会保障予算(年金・医療・介護)の膨張は、将来の成長につながる可能性のある投資的予算(例:国際的なハブ空港の構築や都市再生、教育)まで蝕みつつある。その主な原因は、社会保障の財源が保険料収入のみで賄いきれず、差額を公費で補填していることに起因する。しかも、この公費負担は、基礎年金の国庫負担割合50%に代表されるように、社会保障給付の伸びに比例して膨張するメカニズムをもつ。
本来、成長につながる投資的予算の経路は、その追加的な投資から社会全体が得る便益とその費用から決まるはずである。だが、社会保障の財源捻出のため、必要以上に投資的予算を削減してしまうと、将来の成長率を低下させてしまう可能性がある。すでに賦課方式の社会保障や財政赤字によって、若い世代や将来世代はそうとうな負担の先送りを受けており、このような実態があるとすると、それは二重の意味で、若い世代や将来世代に対する「ツケ」の先送りとなる。
この問題を解決する方法も簡単で、社会保障予算(年金・医療・介護)とそれ以外の予算とのマネーのやりとりを完全に遮断してしまえばよい。このような方法は、「社会保障予算のハード化」と呼ばれる。
以上のとおり、世代間公平の視点も含め、財政・社会保障の再生を進めるには、早急に社会保障の安定財源を確保しつつ、「事前積み立て」と「社会保障予算のハード化」の導入を図る必要があるが、財政の持続可能性や、社会保障(年金・医療・介護)の効率化を高めていく視点も欠かせない。そのカギを握るのは、「世代会計」と「マクロ予算フレーム」を用いた予算編成や、市場メカニズムも活用しつつ政府が管理したかたちで競争を促していく「管理競争」という概念であり、各々の政策課題・目的に応じて、適切な政策手段を講じていく必要がある。
いま、与党・政府は、税制と社会保障制度の抜本改革を一体的に推進するため、官邸に政府・与党による実現会議を設置し、社会保障の将来像を検討中だが、もはや残された時間は限られている。また、いまもまだ欧州では財政危機の余波が続いているが、その教訓は「市場の動きは素早く容赦ない。危機が表面化し、いったん市場の不安に火がつくと、それを鎮めるのは容易でない」ということである。
「衆参のねじれ」もあるが、いまこそ与野党を問わない超党派による「本物の政治主導」により、包括的な財政・社会保障の再生プランを構築し、2011年を「再生元年」にするときだ。
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