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掃除ひとつできない人間には商売も政治も任せられない~松下幸之助の人間修養

2012年02月29日 公開

渡邊祐介(PHP研究所経営理念研究本部次長)

意義を高めるのは自分次第

 “なぜ、この思いが伝わらないのだろう”。松下幸之助はこうした思いをしばしば抱いたのかもしれない。 

 しかし辛抱強く、掃除も凡事だと思わず、全身全霊の努力をしていれば、さまざまな気づきが得られる、物事の真理を理解することにも繋がっていくと説く。もしそういう気づきに辿り着ければ、掃除は仕事のコツの域にとどまらず政治の要諦にも通じるというのである。

 時に禅問答のようにも感じられる松下の言葉を、はたして塾生たちはどこまで理解できたであろうか。ただ松下は真に切実な思いで訴えていたことであろう。

 これほど真剣に、かつ熱心に掃除を推奨したのは、松下の自然・宇宙観によるところも大きいと思われる。松下は、万物を創造し、存在せしめるものとして宇宙の根源を想定し、その力のもとにすべてが生成発展していくと考えていた。宇宙根源の力は、自然の理法としてわれわれ人間の体内にも脈々と働き、一木一草のなかまで生き生きとみちあふれている。したがって、季節の移ろいも自然の理法によるところであり、何ごとも自然の理にかなった方法によれば、必ずうまくいくという哲学である。

 松下は、松下幸之助商学院において掃除を導入するにあたって、「1年間同じ時間、同じ場所で掃除をしても夏には夕立が降り、冬には枯葉が落ちるといった自然現象の違いを掃除を通じて感じるもの」と語っていた。掃除を実践するなかでそれぞれが作業のコツをつかむ工夫をこらす努力をしていれば、おのずと自然の理法に即した物事の道理を模索し、理解することに繋がり、より人間力を磨く修業となっていくのではないか。

 辛抱を養える、仕事の段取りが鍛えられる、コツをつかめる、政治の要諦が見えてくる等々、松下の説くさまざまな掃除の効用をみてきたが、詰まるところ、そこにはそうした松下なりの哲学の探求が根底にあったのである。そこにまで思いをはせれば、まさに、行う者の心がけ次第で、掃除は実用レベルをはるかに超えて、哲学するという意味でも人間の修業となるわけである。

 掃除をたんに掃除として実践していれば、美しくなったというだけである。しかし、本当の意味で松下が求めていたのは、掃除を徹底してきわめていくなかで、自然の理法が万物に及んでいることを体感してもらいたいということだったのではないだろうか。



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