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太平洋戦争は「地政学的に間違い」だったと言える理由

2022年07月13日 公開

船橋洋一(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)

地政学
第二次世界大戦で日本が公式に降伏した場となった「戦艦ミズーリ」

地政学では、陸続きで他国と国境を接する中国やロシアのような大陸国家を「ランドパワー」、島国の日本やイギリスのように長い海岸線をもつ海洋国家を「シーパワー」といいます。

それに対して、領域の特徴を表す概念が「ハートランド(ユーラシア大陸の中央部にある海から簡単に近づけない内陸部)」と「リムランド(ユーラシア大陸のフチで海に面している地域)」です。

自然環境の厳しいハートランドに位置するランドパワーは「豊かな土地まで領土を拡大しよう」とリムランドへ出ようとします。一方のシーパワーはそれを食い止めようとします。

それゆえ、リムランドは両者が衝突する場所になりやすく、歴史的にも多くの戦争が起こっているのです。ウクライナは、ハートランドであるロシアとリムランドである西欧諸国の境界にある国。ロシアのウクライナ侵攻も、地政学的行動として読み取ることができるのです。

※本稿は、船橋洋一監修/バウンド著『こども地政学 なぜ地政学が必要なのかがわかる本』(カンゼン)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ランドパワーとシーパワーは交互に力をもってきた

世界の歴史を振り返ると、ランドパワーとシーパワーが交互に入れ替わるように力をもってきました。

15世紀ごろまでは航海技術が未発達でランドパワーが優位でした。モンゴル帝国がユーラシア大陸一帯を支配したのはその代表例です。大航海時代になると、ポルトガル、スペインなどのシーパワーの時代になり、世界中で植民地を広げていきます。

19世紀に鉄道が登場すると陸上輸送網が発達して、ロシアやドイツなどのランドパワーが力をもちます。20世紀になると、海軍力をもったアメリカや日本が台頭し、第2次世界大戦後はアメリカが覇権国に、日本も大国になりました。

そして21世紀は、ランドパワーの中国がシーパワーとしての影響力も拡大させており、アメリカを脅かす存在になっています。

 

日本でもランドパワーとシーパワーが戦ってきた

地政学的に日本の歴史を振り返ってみると、ランドパワーとシーパワーが対立してきたとみることもできます。

たとえば、鎌倉幕府はランドパワーといわれています。なぜなら源氏は騎馬が強かったからです。モンゴル帝国(元)が日本に侵攻してきた元寇でも騎兵が元を撃退しました。一方、源氏のライバルであった平氏は、強水軍をもつシーパワーでした。

源平合戦の最後の舞台になった、1185年の壇ノ浦の戦いは水軍による戦いでしたが、源氏は劣勢になっていた平氏から寝返った水軍を味方につけ、源義経の活躍もあり平氏を打ち負かしています。

江戸幕府も土地支配を基盤としたランドパワーでした。しかし最後は薩長連合によって倒され、1867年に第15代将軍徳川慶喜が政権を返上(大政奉還)して、約260年続いた江戸幕府の歴史に終止符が打たれました。

琉球王国(現在の沖縄)と交易を行っていたり、日本初の洋式軍艦をつくった薩摩藩と、少し遅れて2隻の洋式軍艦をつくっていた長州藩はシーパワーだったといえます。

ちなみに明治時代になり、日本はランドパワーのドイツから陸軍の制度を学び、海軍はシーパワーのイギリスから学んでいます。

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