
お酒を日常的に飲んでいるうちに、徐々に酒量が増え、気づけばアルコール依存症になってしまうケースは少なくないそう。近年は、「減酒外来」の開設も増え、依存症の初期から治療を受けやすくなっていると専門医は話します。酒ジャーナリストの葉石かおりさんの著書『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』より、受診した方がいい症状の目安や、依存症治療の実態について解説します。
※本稿は、葉石かおり著『なぜ酔っ払うと酒がうまいのか』(日経BP)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
あっという間に進行していく
「家飲みをやめたんだよね」
先日、酒豪でならした知人の男性から、耳を疑うような言葉を聞いた。理由を聞くと、コロナ禍のリモートワークで酒量が激増し、それに伴って体重が増加。さらには中性脂肪が基準値をはるかに超える数値になってしまったため、家飲みをやめたのだという。
このところ、彼のように減酒している人は珍しくない。新型コロナウイルス感染症の流行が落ち着き、久しぶりに飲み仲間と居酒屋に集って飲むと、「あ~、お酒飲むの久しぶり」と言う人が結構いる。
かく言う筆者もそうだ。コロナ禍で「アルコール依存症」になりかけたように感じ、逆流性食道炎と診断されたことを機に、家飲みをほぼやめた。そのおかげか、現在は胃の内視鏡検査でも逆流性食道炎を指摘されなくなった。
酒に関わる仕事をしている筆者としては複雑だが、減酒している人は日本に限ったことではなく、世界的に見ても増加傾向にあるという。
「酒量を減らしたい」という思いの根底には、「このまま飲み続けていると、アルコール依存症になるのではないか?」という恐怖感がある気がしている。
とはいうものの、多くの人はそもそもアルコール依存症とはどのような状態で、どのような人がなりやすく、そしてどのような治療をするのか、よく知らないのではないだろうか?
そこで、国立の医療機関として初めてアルコール専門病棟を設置したことで知られる久里浜医療センターの副院長の木村充氏に聞いてみた。
ストレスの多かったコロナ禍では、アルコール依存症の患者は増えていたのだろうか?
「実は、当時、アルコール関連の外来のある病院にアンケートをとったところ、初診の患者さんが『増えている』と答えたところよりも、『減っている』と答えたところのほうが多かったのです。コロナ禍での『受診控え』がその原因ではないかと思われます」(木村氏)
なんと、てっきり患者数が増えたかと思ったら......。しかし、木村氏も、「かと言って、依存症をはじめとするアルコールの問題が減っているわけではなく、診察をしている感触では、コロナ禍で自宅での酒量が増えてしまった方というのは確実にいるように思います」と話す。
コロナ禍では、不要不急の外出は控えるよう言われ、また病院に来ると感染してしまう心配もあったので、さまざまな診療科で「受診控え」があった。ひょっとしたら、「自分はアルコール依存症かもしれない」という不安を抱えていたものの受診しなかった人も多くいたかもしれない。
ところで、アルコール依存症の診断基準はどのようなものなのだろうか。
「日本で現在、主に使われている診断基準は、WHOの「ICD–10」と呼ばれるものです。下のリストのような6つの項目があり、このうち3つ以上に当てはまると依存症だと診断されます」(木村氏)
多くの場合、お酒を日常的に飲んでいるうちに、アルコールに対する耐性ができ、徐々に量が増え、次第に飲酒をコントロールできなくなり、アルコール依存症になっていくという。
つまり、「大酒飲みといわれる方と依存症の方の境界線ははっきりしていないのです。日常的にお酒
をたくさん飲んでいた人が、気がつくと依存症になっていて、あっという間に症状が進行していくというイメージです」(木村氏)
気になる人は「減酒外来」へ
WHOは2022年に「ICD-11」を発効しているが、日本での適用時期は未定。 ICD-11では、「コントロールの喪失」「飲酒中心の生活」「生理学的特性(離脱症状や耐性など)」という3つの項目に集約され、このうち2つに当てはまると依存症と診断される
ここまで話を聞いて、ヒヤッとした。まさに筆者がそうだったからだ。日々飲んでいるうちに、いつもの量では酔わなくなり、しまいにはウイスキーをストレートで飲まないと満足できなくなった。あのままいけば、確実にアルコール依存症になっていたと思う。
そんな状態だったにもかかわらず、病院には行かなかった。どの段階で受診する判断をしたらいいのか、分からなかったからだ。
「かつては、症状がかなり進んで、肝機能も衰え、仕事ができなくなるなど社会的な影響も大きくなってから受診することがほとんどで、治療としては『断酒』が基本でした。
しかし最近では、お酒の量を減らすための『減酒外来』の開設が増え、そこまで症状が進んでいなくても受診できるようになっています。『飲んだ後に記憶がなくなることがたまにある』とか『健康診断で酒量を減らすように言われた』という理由で来ていただいてもいいのです」(木村氏)
なるほど。筆者も一人で悩まずに、受診すればよかった......。
減酒サポート薬も活用
「かつては、『断酒以外方法はない』という考え方でした。ですから、お酒をやめる決心をしたら病院に来てください、というスタンスだったわけです。ある意味、スパルタですね。それが今では大幅に変わって、医師とコミュニケーションをとりながら、断酒や減酒など患者さんの希望を聞いて、二人三脚で治療を進めていきます」(木村氏)
治療のスタイルが変わってきたのは、減酒外来が開設されたことが大きいという。木村氏が副院長を務める久里浜医療センターでは、2017年に減酒外来が開設された。アルコール依存症の治療で断酒を基本としていると、途中で挫折して再び飲み始めてしまう人が後を絶たなかった。それならば、もっと手前の段階で減酒を目的とする治療を行えば、患者のほうもグッとハードルが下がる。
「減酒外来を受診する方の中には、30~40代の働き盛りの方もたくさんいます。年配の方は、病院に行くことが『自分はアルコール依存症だ』と認めることのように感じられるかもしれませんが、若い方にはそういった抵抗感があまりないかもしれません」(木村氏)
軽度のアルコール依存症の人、あるいは、そこまでいかないがアルコールのとり方に問題がある人が、継続的に減酒外来を受診することで、飲酒量を確実に減少できたケースも多いという。
それでは、減酒外来ではどのような治療を行うのだろうか?
「減酒外来での治療は、自分の現状の酒量を把握することから始まります。医師と患者で相談して、飲まない日を作る、飲むお酒をアルコール度数の低いものに替える、などの目標を決めます。うまくいかないときは、患者さんの希望を聞いて『セリンクロ(一般名:ナルメフェン)』などの薬を処方することもあります。セリンクロは減酒をサポートする薬で、お酒を飲む1~2時間前に服用すると、飲酒欲求を低減させる効果があります」(木村氏)