※本稿は『マクドナルドの経済学』(原田泳幸&伊藤元重共著、PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです
ブランドの飽和という問題
【伊藤】ほかに原田さんが考えている課題として、どんなものが挙げられますか。
【原田】まず、継続的に顧客価値の提供ができていない店舗を整理していくことです。それら一部の店舗が、当社全体の負のブランド認知につながりかねないからです。そこで2010年に、およそ110億円の費用をかけて、一気に400店舗以上を整理しました。
【伊藤】店舗ブランドの維持は、流通・小売りにとっては死活問題です。ブランドというものは、消費者に受け入れられたときは急速な成長をもたらす反面、マーケットに飽和感が生まれてくると、売り上げが落ち込んでいくという側面をもっています。あまりに急速な店舗数の拡大が飽和感を生み、ブランド価値を低下させてしまい、その結果、売り上げが失速した例をいくつも見てきました。
マーケットがブランドを追いかけてくれているときは勢いがあるけれども、マーケットが飽和して関心が他に移ると、客離れのスピードも速い。あのユニクロでさえ、2010年から11年にかけて、店舗拡大後の反動に苦しんでいます。
「TG」の劇的な変化
【伊藤】日本でデフレが続いている要因は、多くの産業で過剰な供給体制が残されていることが大きい。デフレという現象を端的に説明すれば、供給に対する需要の不足です。日本の国内では1992年ごろから、ほぼ一貫して供給が余り、需要が足りない状態が続いてきました。これを解消するには、産業全体の新陳代謝を進める必要があります。
外食産業でも、需要に比べて店舗の数が多く、互いに消耗戦に陥っています。経営者としては大変つらく厳しい判断ですが、整理を大胆に進めるしかありません。
【原田】従来の不良資産の整理を含めた改革は、5年間で終了させるつもりです。それからは改革ではなく将来へ向けた成長、そしてさらなる拡大を目指します。
【伊藤】スクラップ&ビルドですね。売り上げが苦戦している店舗はどんなところでしょうか。
【原田】現在、伸び悩んでいるのは、一部ショッピング・モール内のフードコート(各飲食店と、食事のためのスペースのある屋内型広場)に設けられたタイプの店舗です。
【伊藤】それは他店との競合が厳しいからですか。
【原田】店舗ごとに異なりますが、ショッピング・モール自体に人が集まらなくなっている傾向があります。われわれは、駅や空港など人がたくさん集まる要因をもつ場所のことを、業界用語で「TG」(トラフィック・ジェネレーター、交通発生源)と呼んでいます。このTGが近年、様変わりしているのです。
「駅ナカ」の隆盛に象徴されるように、以前とは異なる場所での小売りが若者を中心に集客を伸ばすようになりました。
【伊藤】ショッピング・モールのお客が減っている背景には、何があるのでしょうか。
【原田】購買の多様化でしょう。より専門店に特化したものや、ディスカウントにこだわったもの、またはネットスーパーといった多様な形態の小売業の出現によって、人の流れが分散しています。もちろん、引き続き好調なショッピング・モールもあるでしょうが、苦戦しているところも多いとも聞きます。いずれにしても、マーケティングや広告宣伝といった、われわれの経営努力以外の要因で集客が決まってしまう場所への出店には今後、より慎重であるべきだと考えています。
新しい「流通業者」の誕生
【伊藤】流通業界の変化としては、いまおっしゃった立地の変化に加え、もう1つ「縦構造の変化」が見られます。たとえばいま、宅配便のヤマト運輸は問屋機能の一部を果たしているといわれます。
本来の宅急便業務、貨物追跡業務に、決済代行とクレジットの与信管理機能を加えることで、流通の一翼を担っている。商品の仕入れが少なく、卸が取り引きしないような過疎地にある小規模店舗に、販売ソリューションを行なっています。しかし「ヤマト運輸の業績が伸びている」といったとき、卸が伸びていると思う人はあまりいないでしょう。
あるいは、インターネットショッピング・モール「楽天市場」の2011年1月から12月までの流通総額が1兆円を超えたように、インターネットを武器に消費者へ直接、販売するケースが増えています。
つまり「流通という機能を誰が担うのか」という問題が、従来の枠組みを超えて広がっている。伝統的なシステムに頼った組織は伸び悩んでも、それを業界全体の衰退と見ることはできません。
流通・小売業界を見ると、さかのぼれば2000年頃から「総合から専門へ」という流れが生まれました。マイカルやそごうのような総合小売業が相次いで破綻する一方で、セブン-イレブンなどの専門小売業が高い業績をあげてきた。外食産業でも、デニーズやすかいらーくのような総合型ファミリーレストランが苦戦するなか、マクドナルドやスターバックスコーヒーなど、専門型外食店が伸びています。
【原田】「総合から専門へ」という傾向は、いまやあらゆる産業で起きている現象です。
【伊藤】毎年、需要が拡大するインフレ時代の高度経済成長期は、何でも取りそろえた総合型が有利でした。ところが、供給過剰で需要の増加が見込めないデフレ時代においては、特色をはっきり打ち出した専門型でなければ、顧客を引きつけられない。
価格のリスクに対して敏感
【伊藤】ただし、日本という国にはまだイトーヨーカ堂やイオンのような総合スーパーが成り立つ土壌があります。国土面積が小さく、大都市近郊で開発できる土地が少ないので、アメリカのような一大ショッピングセンターをつくるのが難しい。その一方、鉄道網が発達しているので、そこそこの大きな駅の前に、それなりの規模で展開するGMSには、可能性があるでしょう。
一方で、専門店にもリスクは存在します。扱う商品が総合型より限られているために、いったん主力商品が落ち込むと、全社的なシステムそのものが危うくなるという危険性をはらんでいます。また、牛丼のように業界が厳しい価格競争にさらされると、ただちに収益に響いてくることになりかねません。
マクドナルドという企業の戦略を見ていると、こうした価格のリスクに対してきわめて敏感です。主力商品の値段や扱いについて、どのタイミングでどこまでプライスを上げるのか、あるいは下げるのか。
【原田】その点は、他社よりも強く意識していると思います。マクドナルドではデマンド・ベース・プライシングといって、売り上げと利益を最大化するための価格の考え方があります。過去のお客様の行動、購買パターンを分析し、どのメニューをどう変えると、お客様の行動が変化するのか予見しながら、価格をナビゲーションしていく。これは、大変大きなノウハウをもっています。
ただ、価格を設定するときに大事なことは、同時に価値を上げることです。ここを間違えてしまいますと、どんなリサーチをしても成功しません。しかし、お客様が認識する価値が上がれば、「価格政策」は必ず成功すると考えています。
【伊藤】まさに商売の原点ともいえる「値段」に対するこだわり、価格戦略の確かさが、デフレ時代に勝ち続けることのできる強さの要因ではないでしょうか。