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「番頭経営」のすすめ/よい番頭のいる企業は、永続繁栄する

前川洋一郎(老舗学研究会代表/大阪商業大学大学院特別教授)

2012年05月21日 公開 2022年11月10日 更新

『PHP Business Review 松下幸之助塾』2012年5・6月号 Vol.5 より》

頼れる番頭の必要性

 昔から子供がいたずらをすると、「お天道様が見ているよ、ばれないようで世間様は見ていなさるよ……」と注意され教えられてきたものだ。同様に企業の事件はあらゆる利害関係者、すなわち創業家、役員、組合、OB、取引先、仕入先、顧客、業界、官公庁、マスコミ、地域社会などから「お灸」を据えられ、「お小言」を呈され、正しい方向へとナビゲートされていくのである。

 しかし、最近の事件は被害、損害など、影響が大きくなってから騒がれるので、「お灸」「お小言」が遅い。やはり常日ごろから目を光らせ、火の気の小さいときからアドバイスする世間様が必要なのだ。事件が起きるとマスコミは、「頼れる番頭役を持たなかったからだ」という指摘をすることがある。組織内の上も下もよく分かり、内にも外にも動ける番頭が必要だというのである。

 では“番頭”とは何だろうか。大学生に聞いてみると、もはや死語に近く、70パーセントが耳にしたことがない。ある学生は「風呂屋の番台に座っている人」と答えている。戦後の有名な番頭はんと丁稚どんのテレビ番組を見た世代は、すでに高齢者である。そして大阪商人の町・船場を回っても、「親の代まで戦後しばらくは番頭さん的な人はいたがなー、今は形を変えている」(せんば心斎橋筋協同組合理事長 小川優一丸蔵株式会社会長)とのことである。

現代の企業における番頭はだれか。副社長、専務といっても、上から下への従属関係であり、顧問、相談役といっても税制上の軟着陸の立場にすぎず、監査部門もトップに選ばれた盲腸的機関である。ましてや社外の人が内をどこまで知りえるのか甚だ疑問であるし、トップに招かれた人ではパンツの中まで見るのは勇気がいる。

 だから、いかんときはいかんと言う、陰でこっそりトップを支える、店の歴史家訓を言い伝える、二世の養育に努める、トップに代わって汚れ役を受ける……などの働きをする、またトップや創業家もその人の言うことには耳を傾けるというような人が必要なのである。

番頭経営のイロハ

 番頭はいつごろ生まれてきたのか。番頭の機能と役割はどんなものか。21世紀に期待される番頭像とは何か。それぞれまとめてみる。

(1) 番頭制度の変遷

 商家への就職は奉公といい、最初に店に入るのは10歳ごろであった。新入りは「丁稚」として走り使い、家の雑用そして読み書きそろばんの訓練を受ける。15~16歳ごろ「手代」として一人前の店員になり、出納、売買、納品など商売に参画した。30歳前後には「番頭」となる。店の代表として商売の切り盛り、奉公人の指導をする、課長クラスの責任者である。さらに「大番頭」となると部長クラスであり、主人の右腕、経営者の一員である(図表4)。

 江戸時代の初期、三都(江戸・京都・大坂)が政治経済文化の中心となり、大都市となったころ、地方の商人はインフラ(陸運、海運、通信)が整備されるに従い、都市への出店を進めていった。地方の本店と都市の出先(支店)とのあいだで、地域的役割分担と、権限・責任の線引ができるにつれて、出先にも経営の責任者が必要となり、「分身」として「番頭」を置くようになったのである。逆に、都市の商売が拡大すると、都市に主人が常駐し、郷里、地方の本店に留守居役を兼ねた番頭を置くこともあった。

 江戸時代の中期、たび重なる幕政改革で経済が混乱したとき、「番頭」は主人に代わってリストラの切り盛りなど汚れ役をこなした。また、奉公人の指導、監督を通じて組織の隅々まで気配りする女房役もこなす、まさに「やり手」が重用された。

 明治時代となり、急速な近代化で組織は大規模化し、さらに工業化、海外貿易の増大で競争環境も変化し、経営の専門知識と力量が問われだした。高等教育機関出身の専門経営者や、従業員の中から優秀な経営者が生まれ、創業者や資本家(オーナー)と経営を分担するようになった。創業家や資本家が名目上のトップ、「社主」と称する地位に就き、持株会社の代表となる一方で、実際の経営は支配人といわれる専門家経営者に任せる形態が生まれてきた。君臨すれども統治せずの状態である。

 戦後、財閥の解体による新旧経営者の交代、新興企業の急成長により、株式を多く所有しない、いわゆる資本家でない、従業員から昇進したサラリーマン役員や社長が増加した。株式公開、増資によって株主構成も、少数株所有の一般株主や企業同士の持合株主が増加した。大多数の資本家は、もの言わぬ株主となり、経営は社長を頂点とし、組合を底辺としたピラミッド構造となった。その中のナンバー2、ナンバー3である副社長、専務は従来の番頭とは役割が違う。組織内の「潤滑油」役、または特定部門の「担当」役をこなす新しい番頭の型となっている。社長と相対する「副」の番頭の立場ではない、序列ではナンバー2、ナンバー3であるが、「主」に対する「従」の立場である。

(2)番頭の機能と役割

 番頭は企画や参謀のようなスタッフではない。営業やものづくりの先頭に立つラインのリーダーでもない。管理に徹するマネージャーや、指導助言のコーチでもない。

 起業したとき、創業者は1人で走り回ってやりくりする。また、家族が手伝うことも多い。徐々に仕事が事業となり、従業員が集まり、経営規模が大きくなると、創業者1人では経営ができなくなる。また、業種の多様化、販路の拡大、技術の高度化、経理・人事の職種の分化に対応して、2人目の経営者が必要となってくる。

 企業経営のリスク、ピンチに対して、「ダメなものはダメ」と忠告する「やかまし屋」「嫌われ者」が必要となる。さらに会社の血液でもある資金について、断固として資金繰りを守る「金庫番」がいるかいないかで、会社の安全度は変わる。

 会社はこの世に生まれたからには、経営者が交代しても永続することが何よりも大切である。そのために経営者は交代時期を想定し、候補者をしぼり、育成していく。ただ、経営者1人ではなかなか交代がスムーズにいかないことがある。そのとき、周囲の環境をつくり、後継者をサポートして、交代を進めさせる役回り、つなぎ役、演出家の役回りの黒子役が必要となる。家庭では、母親か奥さんがこの役回りを内助の功として務めている。企業では「番頭」がその役である。

(3)21世紀に期待される番頭像

 CSR(企業の社会的責任)、構造改革(リストラクチャリング)に向き合う際、これまでの監査役や、相談役、会長制は形骸化しており、十分に機能できない。しっかりと「ものを言う」21世紀型の番頭的立場の人が組織内に求められてくる。

 番頭とは「主」であるトップの弱点を補佐し、トップに言うべきことを具申し、トップの意思決定の負担を軽減する「副」の機能が主な役割である。組織上はナンバー2に位置し、全従業員の代表的人物が就くことが多いが、トップとの上下関係ではない。番頭はあくまでもトップの「主」に対して「副」の立場であり、次期のトップではない。「副」は「主」の志、方針の伝達者であり、組織における実行の監督者である。

 「主」であるトップ、社長のリーダーシップ、意思決定が企業を引っ張っていく。「副」である番頭のサポーターシップと補佐機能が組織のPDCAサイクルをうまくまわしていく。「主」は「副」に対して「任して任さず」、「副」は「主」に対して「任し任されて」の関係が良い。

 企業の不祥事例を見てもよく分かるように、ワンマン、カリスマ型はもはや危険すぎる。ボトムアップ、おみこし型はスピードに欠けるし、見逃し三振の責をとらない無責任がはびこる。参謀企画型はカンパニー制、グループ制において必要であるが、責任感のうすい現場知らずの机上プランが多くなる。またフラット、中抜き型もITブームで流行したものの、風通しがよいようで、実はコミュニケーションの偏りとトップの独り歩きが跋扈している。これらの現象は、いずれも社内の声、社外の眼、トップの頭の3つのパワーバランスが崩れているのだ。

 企業には創業家、オーナー、役員、大株主など方針戦略の意思決定に関与するトップマネジメント群と、従業員、組合、仕入先など事業の計画、実行、改善に関与する社内実行群、そして社外にあって企業が社会的責任を果たしているか監視する官公庁、大学、マスコミ、業界、消費者、顧客などの社外監視群の3つがある(図表6)。

 これらの3つの群が各々の役目を果たして、パワーのバランスを保つことで、「ダメなことはダメ」「ここは正しいことをしよう」という牽制が働き、企業は、公の心を貫いて、人間道を外れない経営ができる。番頭は歴史的に、その根底のスタンスとして「自己を律する人間力」と「先祖社会からの預り物の会社を引き継ぐ責任感」を持つ。この番頭精神は公の心そのものである。番頭がその基本スタンスを発揮することで、3つの群がバランスよくトライアングルを組むことになり、企業は社会的責任を果たすことができるのである。

 企業の社会的責任は、すべてのステークホルダーが関与するものであるが、最も大切な立場にあるのは3つの群の中心にいる番頭である。だから良い番頭のいる企業は、永続繁盛するのである。

 戦後日本型経営で会長と社長の役割分担が定着し、20世紀末ごろからアメリカ型経営の導入で、CEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)の分担も始まりだした。いずれも責任と役割分担が曖昧で、今日のコーポレートガバナンスの乱れの原因となっている。今こそ日本型経営における老舗の番頭制度を復活してはどうだろうか?

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。

 

前川洋一郎

(まえかわ・よういちろう)

老舗学研究会代表、大阪商業大学大学院特別教授

1944年、大阪府生まれ。神戸大学経営学部卒業後、松下電器(現パナソニック)入社。経営企画室長、eネット事業本部長、取締役を経て2005年退職。高知工科大学大学院起業家コースで学位取得。博士(学術)。関西外国語大学国際言語学部教授を経て現在、大阪商業大学大学院特別教授。流通科学大学講師も兼務。


◇掲載誌紹介◇

『PHP BusinessReview松下幸之助塾』2012年 5・6月号

特集「『本物』の経営者を育てよ!」
「コマツウェイ」で強みを磨き、代を重ねるごとに強くなれ  コマツ会長 坂根正弘
松下幸之助が経営者を育てるために考えたこと  本誌編集部
経営者は「育てる」より「育つ」もの  ユニデンCEO 藤本秀朗
「自分」を相手に伝える力をつけよ  ベルリッツコーポレーションCEO 内永ゆか子
ほか

 

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