長年にわたり認知症予防の研究に携わってきた浦上氏は、アロマセラピーが認知症の予防に有効であることを発見しました。なぜ「香り」が認知症に効くのでしょうか? その理由を聞いてみました。
※本稿は、浦上克哉著『もしかして認知症? 軽度認知障害ならまだ引き返せる』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
認知障害が始まる前に起きる障害とは?
MCⅠ(軽度認知障害)の人の認知症予防として、特におすすめしているのが、アロマセラピーです。アロマセラピーが認知症予防になると言うと、多くの人が驚きます。それも無理のないことで、私自身、まさかアロマセラピーが認知症予防になるなどとは、以前はまったく考えもしていませんでした。
私は医師になりたてのころ、鳥取県大山町で行われた疫学調査に参加しました。大山町の役場の人たちと保健師の人たちの協力を得て、65歳以上の人たちの家庭訪問を行い、認知機能が正常かどうか調査しました。
「わざわざ大学病院の先生が来てくださったのですか」
まだ若造だった私に対しても、このように言って歓迎してくれ、どこのお宅に行っても、お茶とおまんじゅうが出てきました。あるお宅を訪問した際、おまんじゅうに白いものが見えました。カビが生えているのかもしれないと思い、一緒に行った保健師さんを見ると、うなずきます。
「ちょっと、おかしいですね」と言いながらお互いに顔を見合わせ、冷蔵庫の中を見させてもらうと、明らかに腐っているものが入っていました。「においませんか?」と聞くと、「ええっ、そうですか。私は何もにおいませんけど......」と、おばあさんは答えます。
認知機能が低下したから、においがわからないのかなと思い、認知機能検査を行いましたが、結果はそれほど悪くありません。それなのに、においがわからない。このおばあさんは、その後、次第に認知機能が低下していきました。
「もしかすると、認知機能が低下するよりも先に、においがわからなくなる嗅覚障害が起きるのかもしれない」
こう考えた私は、それから大規模な臨床研究を行います。その結果、私の考えた通り、嗅覚障害が起こってから、認知障害が起こることが明らかになりました。
アルツハイマー型認知症では、アミロイドβたんぱくがたまるのが最初の変化だと言われています。神経病理の専門医に調べてもらうと、鼻の奥にある嗅神経にアミロイドβたんぱくが、認知障害の初期からたまっていることが判明しました。これで嗅覚障害が認知障害に先行することが証明されました。
アロマセラピーとの出合い
認知症のような「神経変性疾患」と呼ばれる疾患群には、1つ大きな特徴があります。それば、障害が起きる順番が決まっていることです。
嗅神経が最初に障害を起こすのであれば、嗅神経の障害を早く見つけて、嗅神経の変性を止めれば、次の、記憶を司る海馬の神経変性を起こさずにすみます。
「嗅覚障害を早期に見つけることは、認知症の究極の予防方法なのではないか」
こう考えたわけです。そして、次に考えたのが、「嗅神経が弱ってきた段階で、何をしたら嗅神経の変性を食い止められるのか」ということです。
いろいろ試行錯誤したあげく、行き着いたのがアロマセラピーでした。アロマセラピーという名前は私も知っていましたが、アロマセラピーに興味も関心もなかったため、リラクゼーションや香りを楽しむ方法だという認識しかありませんでした。医療にアロマの香りを使うなどという発想は、まったくなかったのです。
ところが、たまたま読んでいた雑誌に、「メディカル・アロマセラピー」に関する記事が載っていました。これを読んで、アロマセラピーは医療にも使われていること、フランスでは実に200年以上の歴史があることなどを知ります。
日本では、いまだにアロマセラピーは保険医療になっていませんが、フランスでは保険医療として認められており、薬を処方するように、アロマを処方することが当たり前に行われています。
日本ではアロマオイルを飲むことは許可されていませんが、フランスではアロマオイルを薬のように飲んで治療することも行われています。いろいろと調べれば調べるほど、アロマセラピーを見る目が変わっていきました。