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社会

自分を主語にして話す、感情を言語化する...若者の“主体性”を育てる意外な視点

石井光太(作家)

2024年03月21日 公開

人手不足と言われる現代日本だが、新入社員の離職率はなかなか下がらない。「若者のコミュニケーション能力不足」などと言われて久しいが、「突然、出社しなくなる」「退職代行サービスを使う」など、その問題の中身は変化しているようだ。

本記事では、若者の就労支援を行う「地域若者サポートステーション」の取材から、ノンフィクション作家の石井光太氏が、「若者の『国語力』支援の最前線」に迫る。

 

ヒアリングと適性検査を通じて、自己分析を促す

職場でのコミュニケーションに困難を抱える若者たちの就労を支える地域若者サポートステーション(以下「サポステ」)。これを運営する一般社団法人「キャリアブリッジ」では、どのように若者たちのトレーニングを行い、就労へとつなげているのだろうか。

2022年度、このサポステに相談に来たのは、延べ125人に及ぶ。毎年男女比率はほぼ半々で、大卒・院卒が51%、専門卒が13%、高卒・中退等が26%。登録時の年齢は34歳以下が61%。就労経験は、正社員が51%、非正規が41%、未就労が8%である。

サポステでは、まずスタッフが相談者との面接を通して現状を把握し、本人が抱える課題を浮き彫りにしていく。だが、彼らが発する「ブラック」「パワハラ」「いじめ」という退職理由は必ずしも真実ではない。だから丁寧に彼らの物語に耳を傾ける必要があるのだ。代表理事の白砂明子氏は話す。

「うちに来る相談者は、自分を客観視することが不得意な人が多い印象です。何が得意で何が不得意なのか、それによってどんな困難があるのかといったことを言語化することができません。

だから、ブラックとかパワハラといった言葉を過剰に使って自己正当化をしたり、ミスをすることをすごく恐れたりする。そのため、うちではヒアリングに加えて適性検査などを行い、彼らの能力を数値にして見えるようにしています」

キャリアブリッジでプログラムの1つとして行われているのが、厚生労働省が作成した「一般職業適性検査」である。知能検査に似た簡単な設問が主で、指先の動きを調べる作業検査などもある。これによって、写真(※夜桜花子のグラフ)のように、本人が持っている能力特性(潜在能力)が細かく点数化される。

スタッフはこの数値を元に、ヒアリングで聞いた相談者の物語と照らし合わせて、「職場での人間関係がうまくいかなかったのは、あなたのこの特徴が関係しているかもしれませんね」とか「仕事で失敗したのは、仕事内容と、ここの適性にズレがあったからかもしれません」と示していく。

相談者たちも目の前に数字があるため、因果関係を把握し、自己分析ができるようになる。

むろん、この数値は本人に苦手なところを自覚させるためだけにあるのではない。同時に彼らが得意とするところを明示した上で、あなたの特性ならこの職業が合っているのではないか、この資格なら目指せるのではないかといったことを提案する材料となる。

 

「感情を言語化する訓練」で言葉を取り戻す

とはいえ、サポステに相談に来る者たちは、適性以前のところでつまずいている人たちも少なくない。必要最低限の国語力(編集部注)に届いていないため、人からの指示を正確に理解したり、気持ちを適切な言葉で表現したりすることが苦手な若者が多いのだ。白砂氏は言う。

「相談者の中には日常の中のやりとりですら、うまくいかないという人もいます。これらは「職業適性」という以前に、日常生活を送るうえで必要な基本的な力と関係しています。うちでは複数のプログラムを用意して、相談者の能力に応じて場合によっては基礎の基礎から数カ月かけてトレーニングしています」

国語力の弱さが著しい人は、その時の自分の喜怒哀楽といった感情さえ言語化することができないことがある。たとえば、サポステで友人が先に就職が決まったと聞いた時に、自分がどんな気持ちかという感情表現ができず、固まってしまうなどだ。

スタッフは、こうした相談者がきちんと言葉を見つけられるためのトレーニングをしている。たとえば、「晴れ」「曇り」「雨」「雷雨」などのイラストと言葉の入ったカードを用意し、その中から今の気持ちがどれかを選んでもらう。

国語力が弱くても、絵を見ればなんとなく感情と近いものを探し当てられるという人もいるので、そのような形で感情と言葉を一致させるのである。

また、複数の相談者を集めて、プログラムの中でボードゲームやカードゲームを通じて、コミュニケーションのトレーニングを行っている。これもまた言葉を回復させるために行っているのだそうだ。

 

「自分を主語にして考える習慣」を身につける

初歩的なプログラムが終わると、今度は別の方法で相談者に他の人の気持ちを言葉で考えてもらう。その1つが、「コミュニケーション・アート」と呼ばれる取り組みだ。

複数の相談者が集まり、まず1人が大きな画用紙に好きな絵を描く。つづいて、他の相談者たちも同じ紙の余白に同じく好きな絵を書き足していく。絵が完成すると、スタッフがこのように質問をする。

「みなさん、なんで自分がこの絵を書き足したのでしょうか。一人ひとり考えて答えてみてください」

相談者たちに自分が描いた絵の意味を考え、言葉にしてもらうのだ。ある人は「友達を描き足せばにぎやかになると思ったから」「時間がわからなかったので月を描きました」などと答える。

すると、それを聞いていた人たちは、他人が何を考えているのかを意識するようになる。コミュニケーションの基本は、相手の気持を考えることとだ。このプログラムを通じて、その練習をするのだ。白砂氏はつづける。

「相談者がある程度、感情を言葉にしたり、人の気持ちを考えることの大切さを理解できたりするようになれば、少しずつ職業訓練らしいことへ移っていきます。もちろん、不得意な人は初歩的なところからはじめてもらいますが、ここではカードゲームやコミュニケーション・アートよりもう一段高い力を育てていきます」

代表的なものが、「WORKトレーニング」や「SST(ソーシャル・スキル・トレ―ニング)」である。多くの就労支援の現場でも行われているものだが、就労が困難な若者が抱える問題の解消をも目指す。

WORKトレーニングでは、基本的なビジネススキルやマナーから教えていく。この時、相談者が「0か100かの思考」「ミスへの過大な恐怖」といった傾向を見せれば、その場で修正を試みる。

すでに述べた電話の例でいえば、彼らは電話では応答のミスどころか、言い間違えですら絶望的な失敗だと考えがちだ。だからこそ、電話で話をする時に噛んでしまったり、聞き直したりすることなんて、誰にでもあることなのだと伝える。

その上で、いざミスをした時にどうやって言い直せばいいのか、どうやって質問すればいいのかを教える。

電話に慣れている人にとっては、会話中の言い間違いや聞き逃しなど、ミスのレベルでいえば、100どころか、せいぜい1や2だ。ちょっとした対応で簡単に0に戻すことができる。スタッフが若者の心理をわかっているからこそ、 WORKトレーニングの中でそうしたことを教えられるのだろう。

SSTの方は、社会での人間関係を円滑にするテクニックを学ぶためのものだ。ここでは複数の相談者に集まってもらって、一人ひとり職場での困り事を挙げてもらう。

「緊急時に上司にどう報告すればいいかわからない」「飲み会に連れて行かれるのがつらい」などだ。国語力の高い人には簡単なことだが、そうでない人にとっては心を病むほど大きなストレスとなる。

スタッフはこれらの困り事を書き出してから、みんなに解決策を出してもらう。面白いことに、多くの人たちは自分の悩みには解決策を見いだせなくても、他人の悩みとなるとそれなりに意見を言うことができるという。

「直にトラブルを報告するのが嫌ならメールで起きたことを時系列で書いて送ればいい」とか、「飲み会が嫌なら、先約があると言えばいい」という意見が出るのだ。白砂氏はそれについて次のように解説する。

「幼い頃から大人にいろんなことをおぜん立てされてきた、もしくは否定ばかりされてきた人は、『私は~』と自分を主語にして物事を考えるのが苦手です。自分で物事を決めて考えてこなかったからでしょう。だから、困りごとがあっても、自分はこうすればいいとか、自分ならこうすると考えることができない。

逆に彼らは『親は~』『先生は~』と他人を主語にして考えてきたので、他人目線から見て正しいと思われることにはあれこれ意見を言える。『君はこうすればいい』とか『彼はここが弱い』と指摘することができてしまうのではないでしょうか」

自己分析は苦手なのに、他人の批判は得意という人がいるが、それと少し似ているかもしれない。どちらも、自分を主語にして考えることを許されてこなかったという共通点があるのだろう。

白砂氏は、これらのプログラムが一定の成果を出すには、相談者のメンタルがある程度安定している必要があるという。前職でのトラブルから精神を病んでいたり、不安にさいなまれていたりすれば、社会性を学ぶどころではない。

そのため法人独自のプログラムとして「ヨガ・サークル」などを開催し、相談者にも参加してもらうようにしている。ヨガを通して感情をコントロールする方法を学んでもらうのだ。就職が決まれば、それがアンガーマネージメントの役割を果たすこともあるだろう。

 

「帰ってきてくれればいい」――自分が自分であることを許し、やり直していく

プログラムは1日単発のものから、3か月間集中型のものまであり、相談者状況に応じて受講してもらう。支援スタッフとの面談やプログラム受講を経て、相談者はいよいよ一般就労へと動きだす。

とはいえ、サポステでは相談者たちにいきなり就職活動をするのではなく、その前に職業体験をするように勧めている。白砂氏の言葉である。

「うちは独自に約60社の職業体験に協力してくれる企業を持っています。製造業、介護、小売り、建設、事務作業など業種は多岐にわたります。

1つの職場につき1~2週間ほど職場体験をしてもらい、1社から数社をめぐって自分がその仕事に合っているかどうかを判断してもらう。それで大丈夫ということであれば、その企業、あるいは別の会社の同種の職種に応募してもらいます」

重要なのは、企業側が相談者たちの抱えている特性を認識しているかどうかだ。それがわかっていれば、企業の方も理解を示し、その人に適した対応の仕方を考えてくれる。

それが両者の溝を埋めることになる。さらに若者の状態を理解し、共に若者を育てるパートナー企業が地域に増やしていくことも、支援組織の重要な役割だ。

キャリアブリッジのサポステの出身者の就職等率は87.2%、6カ月の定着率は90.9%だ。これは全国のサポステの中でも高い数値になっている。全国平均の就職等率が73.2%、定着率が78.9%なので、かなり高い数値となっているといえるだろう。白砂氏は言う。

「再就職先で失敗して、またうちに帰ってくる方はいます。ただ、ここに帰ってきてくれればいい。帰ってくるのは、その人が自分に何かが足りないことを自覚していて、それを克服しようとしているからでしょう。

それなら、私たちは彼らを受け入れ、もう1度その手伝いをすればいい。そうしたくり返しの中で、働くのに必要な力がついていくのではないでしょうか」

国語力がない人が、周りとうまくいかないのは当たり前だ。企業に時間をかけて育てる余裕がないのならば、サポステのような支援組織が根気強くその力を育て、若者と企業の橋渡しをしていけばいい。この言葉からは、白砂氏のそうした決意がうかがえる。

国語力のない若者たちは、努力が足りなくてそうなったわけではない。物心ついた時から大人に雁字搦めにされて、自分が自分であることを許してもらえなかったから、本来誰もが有しているはずの主体性を発揮できず、周囲と関係を構築する術が身につかなかったのだ。

キャリアブリッジは、そんな若者たちにとっての育て直しの場といえるだろう。

 

(編集部注)
「国語力」の定義については、『Voice』2023年5月号「危機に瀕する日本人の国語力」の中で、石井氏は以下のように述べている。

2000年以降ほとんどの年度で、企業は入社試験の際に重視する要素として「コミュニケーション能力」を一位に挙げてきた。(中略)だが、コミュニケーションとは複数の能力の総合体であって、語彙や共感性はその一つでしかない。

文部科学省は、この総合的な能力を「国語力」と呼んでいる。まず、人は年齢相応の豊かな語彙を身につけなければならない。その語彙をベースにして、自分の感情を細かく分析して感じ取る「情緒力」、他者の気持ちや見知らぬ世界を思い描く「想像力」、物事の因果関係を考える「論理的思考力」を磨いていく。そしてそれらを駆使して自分を表現することで他者と関係性を築き、社会での立場を獲得する。(中略)

国語力とは、いわば語彙をベースにして、情緒力、想像力、論理的思考力をフル回転させ、社会の荒波のなかでバランスを取りながら進んでいくための「心の船」のような力だ。逆に言えば、それがなければ、人びとはいとも簡単に荒波に揉まれて転覆してしまう。

 

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