悩むのはダメなこと? “優等生から転落した人”にカウンセラーが伝えた言葉
2024年04月23日 公開 2024年12月16日 更新
イラスト:matsu(マツモトナオコ)
カウンセラーとして33年、スクールカウンセラーとして18年の経験があり、また長年モラルハラスメント問題に力を入れて取り組んできた谷本惠美さんは、「自分の心を守る方法について、なにも知らない無防備な状態でいると、どうしても傷ついたり、落ちこんだりしやすい時代に私たちは生きている」と言います。
悩みを抱えがちな編集者Kが「もっとラクに生きられる方法を知りたい」と、谷本さんに話を聞きました。
※本稿は、谷本惠美著『13歳からの自分の心を守る練習』(PHP研究所)から一部抜粋・編集したものです。
「心の技術」を学ぶとラクになる
【K】カウンセラーの谷本惠美さんに、ちょっとやっかいな「自分の心」についてうかがっていきます。谷本さん、どうぞよろしくお願いします。
【谷本】編集者のKさん、よろしくお願いします。今回お話をいただいた際に「13歳の人にもわかるように教えてほしい」と書いてありましたが......これは?
【K】中学生や高校生のときの私に、心理学や人間関係についての知識があったらな......という思いが、ずっとありまして。
【谷本】10代のときに、なにかあったんですか?
【K】もうずいぶん前のことになりますが、当時の私は、自分の実力以上の高校に補欠合格して、入学したとたん、落ちこぼれになってしまったんです。クラスメートに指をさされて、バカにされたこともあって......。
【谷本】それは、それは。
【K】しかも、その高校は、勉強だけでなくスポーツもできる優秀な子だらけ。中学校までは、勉強もスポーツもできる「優等生タイプ」だと自分では思っていたので、自信をすっかりなくしてしまい......。まわりの視線がこわくて、友達もほとんどできなかったんです。真っ暗な高校3年間でした。
【谷本】しんどかったですね。
【K】今でこそ笑い話にできていますが、当時は本当に......。今、編集者として、人の悩みや生き方をテーマにした本をつくっていて思うんです。もし高校生のときの私に、心についての知識があったら、あんなに苦しまなくてすんだかもしれないな......と。
【谷本】私は20年近くスクールカウンセラーをしていますが、たしかに、10代の人と話していると、心についての最低限の知識や「技術」を身につけることは必須だと感じています。今の時代、SNSなどがあって、傷つくことがより増えていますしね。
【K】技術......。人の心というと「生まれ持ったもので、どうしようもない」というイメージがあるんですが、だれでも身につけられる技術がある、ということですか?
【谷本】はい。もちろん、変えられない部分もありますが、知識として学べて、技術として身につけられることもたくさんあります。だから、私は「心は技術」だと思っているんです。
悩むって、そもそも悪いこと?
【K】さっそくですが、谷本さんが、これまで10代の人をはじめ、多くの人の悩みや不安を聞いてきて、なにか感じることはありますか?
【谷本】そもそも悩むことを、「よくないこと」「悪いこと」と考えている人が多いですね。悩んでいる自分は、ダメだとか、弱いとか、なさけないとか。
【K】高校生のときの私も、そう思っていました。大人になった今でも、落ちこむようなことがあると、つい自分を責めてしまうときがあります......。
【谷本】私は、そんなふうに自分を責めてしまう人とお話しする機会があると、「悩むって実はすごいことで、とても前向きな姿勢でもあるんですよ」とお伝えしています。
【K】悩むことが前向き......?
【谷本】はい。私たちはつい、悩むことをマイナスなことと考えがちですが、そうとも言えないんです。たとえば、Kさんは、高校生のとき、どんなことに悩んでいましたか?
【K】「授業についていけない自分は、もうダメだ」とか「いつもやる気が出ない自分は、なんて弱いんだろう」とか......ですかね。
【谷本】たしかに、しんどい悩みですね。ただ、たとえば「もっと授業をスムーズに理解したい」とか「もっとやる気のある人になりたい」なんて言いかえることもできますよね。同じことを言っているのに、今度は前向きな印象を受けませんか?
【K】えっ......。
【谷本】ちょっと急すぎましたね。ただ、今、お話ししたように、悩むことは「よりよい自分になりたい」という気持ちの裏返しでもあるんです。「自分は完璧だ」とか「なおすところはない」なんて考えている人は、そもそも悩みませんからね。悩みがあるからこそ人は成長していくんだと私は思っています。
悩みは成長のスパイス
【K】でも、いくつになっても同じようなことでぐるぐる悩んで、大人になった今でも「まったく成長していないな......」と思うときがあります。
【谷本】そんなときは、ちょっと過去を振り返ってみましょうか。高校生だったときのことを思い出してみてください。当時、悩んでいたこと、たとえば勉強やスポーツ、友達のことで、今も同じように苦しんでいるでしょうか?
【K】(目をつむって思い出しながら)いえ、同じでは......。
【谷本】ほかにも、たとえば、今から5年前の春に、どんなことで悩んでいたか、はっきりと思い出せますか?
【K】5年前の春......。なにかあったかな......。
【谷本】当時も、悩みはあったはずなんです。自分のことって、なかなかつかみにくいですが、悩みが少しずつ変わったり、いつのまにか気にならなくなったりしていますよね。
【K】ずっとなにかに悩んではいますが、たしかに、気づいたら、悩みの中身が変わっていたり、当時は大きな悩みでも今は消えたりしているような......。
【谷本】それは、そのときどきのKさんが、問題を解決したり、状況を変えたり、耐えてやりすごしたりしてきたからなんです。そうやって、今日までなんとかやってこられたのは、「Kさんが、日々、成長してきたから」とも言えるんじゃないでしょうか。
【K】そんなふうに考えたことはなかったです......。
【谷本】これまでの人生を少し長い期間で振り返ってみると、みんなそれぞれ、いろいろな事情や制約があるなかで、完璧ではないにしても、毎日を一生懸命に生きていることがわかります。「悩みは成長のスパイス」なんて考えられると、ただしんどいだけの目の前の景色が変わって見えるかもしれませんね。
【K】たしかに、そう考えられたらラクですね......。
【谷本】今の世の中は、数字や結果が大きな力を持っています。それらの数値だけで人が判断されてしまうことも多いですよね。なにも結果を出せていない自分には価値がないと考えたり、成績だけにとらわれて自分を追いこみすぎたり、できない自分とできる周囲を比べて苦しんだりしている人も少なくないはずです。
【K】インターネットやSNSを開けば、自分よりすごい人が、いくらでも出てきますからね。人と比べて、あせる気持ちもわかります。
【谷本】こんな時代だからこそ、自分のなかの少しずつ変わっていっている部分、ちょっと成長している部分にも目を向けて、自分をほめてあげられるといいかもしれませんね。
【K】自分をほめる......。でも、どうやって......。
【谷本】それじゃあ次回は、自分をほめることについて学んでいきましょう。
【K】は、はい......。
【谷本惠美(たにもと えみ)】
1962年、大阪府生まれ。1991年、カウンセリングルーム「おーぷんざはーと」を設立。カウンセラーとして33年、スクールカウンセラーとして18年の経験がある。得意分野は、家族・子育て・職場の問題。特に、モラルハラスメント問題に力を入れて取り組み、理解を深める活動や被害者支援にたずさわる。著書に『カウンセラーが語るモラルハラスメント』(晶文社)などがある。