「社会の理不尽を容認できず闘ってしまう」 38歳女性の悩み相談に、スピーチライターが贈った言葉
政治家や企業CEOのスピーチライターを務め、小学生や大学生の悩みに耳を傾け、多くの人に「言葉」の力を伝えてきた元博報堂スピーチライターでコミュニケーションコンサルタントのひきたよしあきさんの最新書籍『あなたを全力で肯定する言葉』(辰巳出版)が刊行されました。「自己肯定感が低い」「向上心がない」「老害でしょうか」「社畜です」――不幸ではない、でも生きづらい。多種多様な苦悩に、著者が寄り添い、言葉の力でサポートします。(イラスト:江夏潤一)
※本稿は『あなたを全力で肯定する言葉』(ひきたよしあき著/辰巳出版)より内容を一部抜粋・編集したものです。
【お悩み】問題意識が強すぎて疲れます。
大きいものから小さなものまで、あらゆる理不尽が気になって、ひとつひとつに問題意識をもってしまいます。
適当に受け流すことができず、改善しようとがんばってしまったり、闘ってしまったりして、疲れます。
自分のことならまだしも、同僚が上司から非合理的な叱られ方をしていたりすると、本人に代わって上司にもの申したくなってしまいます。自分で、正義感が暴走していると感じるときがあります。
だからといって、納得いかないことを放置していていいのでしょうか?
放置したり泣き寝入りしても疲れそうだし、今のまま何かにつけて問題意識をもって生きるのも疲れます。
――もんもん(38歳)
前向きに問題を放置する
小さなことでも受け流すことのできない問題意識。非合理的な叱咤は、自分でなくても容認できない。納得できないものを泣き寝入りしたくない。
合理的で、正義感の強いあなたの性格が、文章ににじみ出ています。
今の世の中、あなたのような人が少なくて、勇気を出して不正や理不尽なやり方に声を上げず、事なかれ主義で、何もかもに頰かぶり。そのくせ、ネットで辛辣な書き込みをする人ばかり。少し無責任すぎますよね。
すべての人が、あなたのように、真面目で、まっすぐな人なら、世の中はもう少しよくなるし、仕事はとても効率的になり、期待通りの成果を出し続けることができそうです。
しかし、人間社会はそうはいかない。いろいろな背景を背負った人のさまざまな感情と仕事への情熱が渾然一体となって動くのが社会です。
もともとまっすぐ進めないようにできているようです。
ベストよりベターを目指す
私は、長く広告会社で働いてきました。たくさんの企画書や絵コンテを描き、300近い得意先に提案してきました。
そこで学んだことのひとつとして「ベストよりもベターを目指せ」というものがあります。どういうことでしょう。
仕事は、縦糸に論理、横糸に感情で布を織るようなものです。
縦のロジックだけで進めば、実に簡単に事が運ぶ。しかし、感情という理不尽な横軸が入るおかげで、ロジックは曲げられ、色を変えられてしまう。
例えば、今回の企画が「WEBサイトを訪問してくれたにもかかわらず、離脱した人を再訪問させるリターゲティング広告にすべき」という提案だったとします。
しかし、上司が「先方はWEB広告に明るくないので、会場を借りたイベントの方が採用されやすい」と言いだした。あなたは、「それではターゲットに刺さらない! 認知度を上げることは不可能」と猛烈に反論する。
しかし、WEBに詳しくない得意先に、どんなにリターゲティング広告について話しても響かない。むしろ、一生懸命やっているあなたを「わかっていない」「生意気」と受け止めてしまうかもしれません。
正しいのは、間違いなくあなたです。
しかし、上司や得意先の知識、経験、感情という横糸を入れないと布(=企画)は成立しないのです。
こうした対立を何度経験してきたことか。
対立の結果、自ら降りたり、得意先から出入り禁止になったこともあります。ベストを目指しすぎて、ゼロになった。これは双方にとって遺恨を残し、自らのキャリアを大きく傷つける結果になりました。結局は「ベスト」に程遠いものが出来上がって、後悔する毎日でした。
しかし、今になって思えば、妥協の産物であっても、これは貴重な経験でした。
ここから学んだことが、「ベストよりベターを目指す」こと。自分の正義だけのベストをつくるのではなく、人の思いや経験を織りなして、これ以上ないベターを目指す。それを続けるうちに、「あなたの言うことは正しい」「君なら任せられる」と信頼を得ることができる。
こうなって初めてあなたの「ベスト」を尽くせるのではないでしょうか。
ミニマル思考で行こう
もうひとつ、聞いてほしい話があります。
それは「ミニマル思考」というものです。
「ミニマル」とは、「なんとか十分な量」という意味。「ミニマル思考」とは、論点を最小限に絞る考え方です。ゴールは何か。何を達成すればよいのかを考え抜いて、無駄は一切排除する。多少、小さな矛盾や考え方の違いがあっても実害がないのならスルー。変えられないものは、無理に変えようとしない。
あなたの質問に答えるならば「実害がないなら小さい問題はスルーする」「自分の正義よりも目的達成の確実度と速度を優先する」ということでしょうか。
もっとも、あなたも、この件については随分悩んだ経験があるようですね。
それがうまくいかなかったのは、「放置の罪悪感」や「泣き寝入りの敗北感」といったマイナス思考にとらわれたからではないでしょうか。目的達成のために、多少の問題をスルーすることは、とてもポジティブな行為です。大事な要点を押さえる力「ポイントアップ能力」に長けていると私は考えます。
ミニマルに、なんとか十分な量で戦う術を学びましょう。
「問題意識が強すぎる」というレッテルを剥がそう
最後に、私の好きな作家・開高健さんに教えてもらった言葉を贈ります。
「漂えども、沈まず」
これはパリの市民憲章だそうです。パリは、長い歴史の中で幾度となく他民族に侵略されてきました。しかし、そのたびに他民族の文化をのみ込み、侵略を経てより重厚な、比類のない文化を築いてきました。まさに、「漂えども沈まず」です。
「問題意識が強すぎる」のは、視点を変えれば「人の意見によく耳を傾ける」ということ。でもそれゆえに息苦しい思いをしているのなら、この「漂えども、沈まず」の心持ちを取り入れてみることをおすすめします。
人の意見や感情に流されて、漂っても沈まず。それらを受け入れてなお輝く人にきっとなれます。