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日本で印象派が人気な理由とは? 西洋のサロンを震撼させた「浮世絵の構図法」

佐藤直樹(東京藝術大学美術学部教授)

2024年12月05日 公開 2024年12月06日 更新


クロード・モネ《日本の歩道橋、1899》(1899年) 出典:ワシントン、ナショナル・ギャラリー

日本で大人気の印象派。モネの展示が開催されると多くの人が集まります。そんな印象派ですが、その誕生には「日本の浮世絵」が大きな影響を与えていたといいます。書籍『東京藝大で教わる西洋美術の謎とき』(世界文化社)の著者である、東京藝術大学美術学部教授の佐藤直樹さんにお話を聞きました。

 

西洋美術の観方が変わる「3つの視点」


ラファエッロ・サンティ《キリストの変容》(1516–20年) 出典:Wikimedia Commons

―美術史を学びたいけれど、どこから始めたら良いかわからないという声をよく聞きます。どの時代から学ぶべきでしょうか?

美術史を通史で勉強しようと思うと、古代ですぐに躓いてしまうと思います。順を追って勉強するのではなく、好きなところから見ていくことが大切です。例えば印象派から始めたら、次はその前後を勉強してみたり、ルネサンスにいってみたり。

音楽と同じで「バロック音楽から始めなきゃいけない」なんてことは無いので気になるところから勉強して、たくさんの点を作り、それが線として繋がっていくのが理想ではないでしょうか。

――たしかに、それなら挫折せずに楽しく学んでいけそうです! ちなみに、西洋美術の鑑賞をさらに面白くするためのポイントはありますか?

ビジネスパーソンのための美術講座で必ず覚えておいてくださいとお伝えしている"3つのポイント"があります。

 

1つめは、ルネサンスの画家・ラファエッロが亡くなった年【1520年】です。この1520年は盛期ルネサンスが終わった年だと言えます。ラファエッロの絵の中にも最後はバロックの要素が見えてきますが、ラファエッロ以降はマニエリスムやバロックが始まっていきます。

バロックはルネサンスが続いているなかで起こったものなので、明確にこの年から始まるということは言えません。ですがラファエッロが亡くなった年は決まっていますから、1520年の彼の死をもってルネサンスは一つの区切りを迎えたと言っていいでしょう。1520年以前がルネサンスで、そろそろバロックが始まるという目安になります。

 

エドゥアール・マネ《鉄道》(1873年)出典:ワシントン、ナショナル・ギャラリー

2つめは、第1回印象派展が開催された年【1874年】です。この年号を覚えておけば、自分が見ている絵画が印象派以前のものか、以降のものかがわかるわけです。もちろん1874年よりも前に印象派の作品は描かれていますが、展覧会は1874年が最初なので、この時に印象派の宣言がなされたと言っていいでしょう。

印象派はアバンギャルドな画家たちで、サロンにとっては反抗者でした。ただ、印象派が出てきたからといって、サロン風の伝統的な絵画がなくなるわけではありません。同時期にフランスの美術学校やフランスアカデミーのサロンでは、印象派とは対極のオーセンティックな作品も大量に作られていました。「同じ年なのに、こんな絵も描かれていたのか」という多様性に気づいて美術を見るのが面白くなるはずです。

以上の2つが年号としては大事です。

 

3つめは【ベルヴェデーレのアポロ】です。

西洋美術において、人間の姿を描くことは非常に重要なことでした。ヨーロッパでは古代から美しい人間の姿が追求されてきました。オリンピックも古代ギリシャが発祥ですが、スポーツによって理想的な美しい体になることを追求し、その価値観がローマにも受け継がれたのです。

バチカン美術館にある「ベルヴェデーレのアポロ」という彫刻は、そんな美しい身体像の代表的な作品として、16世紀から18世紀の間、美術家の手本にされてきました。「ベルヴェデーレのアポロ」の姿を覚えておけば、西洋の美術作品で表現された人間像を見るときの判断基準にできるのです。

古典という言葉はすごく便利なもので、しばしば「古典的作風」や「古典に回帰した」などと使われていますが、どの時代や作家の作品を指すのかはすごく曖昧に使われてしまっています。

例えば、印象派の画家が古典回帰したと言われた場合、ルネサンス期の画家の作品を参考にしていたり、あるいはバロック時代のレンブラントなどを指すことがあるでしょう。

しかし、本来の「古典古代」は何かというと「ベルヴェデーレのアポロ」なのです。古典的な人間像の表現として「ベルヴェデーレのアポロ」を思い浮かべることが出来れば、西洋美術における理想的身体美が理解しやすくなるはずです。

 

ヨーロッパに衝撃を与えた「日本の浮世絵」

葛飾北斎《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1830-1834年)

―印象派が、まさか"アバンギャルドな画家たち"だったとは知りませんでした。

アカデミーの画家は絵画世界の中を現実世界に見えるように描いていました。ですから、じっくり下地をつくって、筆跡が残らないように滑らかな画面にするのが大切な約束事だったのです。しかし、印象派は、筆跡を残すことも厭わず素早く描いているので、サロンにもなかなか入選できませんでした。筆跡を残し、物質感をあらわにすることは「これは絵である」と表明しているのと同じで、アカデミーの思想に反するからです。

また、印象派の誕生には「日本の浮世絵」が大きな影響を与えています。松の木が画面からはみ出すような浮世絵の構図は、私たちの土着的美意識にあるものなので日本人なら変に思いませんが、当時の西洋人にとっては大きな衝撃だったようです。

それまでの西洋の絵画とは全く違う、風景を四角いフレームで切り取ったような浮世絵の構図法を印象派は取り入れました。このことからも、印象派が「モダニズムの革命児」だったことがうかがえます。

――浮世絵が大きな影響をもたらしていたので日本人に馴染みやすいのですね。日本で印象派の企画展に大行列ができる理由がひとつわかりました。

 

美術館での鑑賞の仕方

――混雑していることの多い美術館ですが、お勧めの鑑賞の仕方はありますか?

美術館はテーマごとに順番が組まれていますが、きちんと列に並んで観ていると疲れてしまいます。最初に会場全体をざっと見て、展示全体の作品量を把握しておくのが良いでしょう。例えば「5つの部屋があって、あそこで展示が終わる」という風にまず展示構成を確認して、空いていて見られるとこだけ最初に回ってしまうのです。

その後もう一度、最初に見られなかったものや自分が気になるものをじっくりと鑑賞します。好きなものは2回でも3回でも戻って見て良いのです。最初から行儀よく列に並んでいると集中力も切れてしまうので、列から外れてみるのがおすすめです。美術館によっては再入場できる場合もあるので、一度出てコーヒー休憩を挟んでも良いかもしれませんね。

(取材・文/小林実央[PHPオンライン編集部])

 

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