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「無能と思われたら...」チームの心理的安全性を低下させる4つの不安

黒川公晴(Learner's Learner代表)

2025年02月28日 公開

「チームには多様性が必要である」という考え方の重要性は、2020年代から高まり続けています。しかし現実問題として、多くの日本の企業では、多様な人材でチームを構成しても組織としてうまく機能しないという状況が多く発生します。それは「心理的安全性」が欠如していることが原因かもしれません。チームの心理的安全性と多様性を低下させる、4つの不安とは何でしょうか。

※本稿は『ミネルバ式 最先端リーダーシップ 不確実な時代に成果を出し続けるリーダーの18の思考習慣』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。

 

チームの多様性が「機能する」には、心理的安全性が鍵となる

多様性の欠如によりチームの意思決定が偏った結果、重大なミスや事故につながるというケースは、珍しくありません。その中でも、1996年のエベレスト登山家死亡事故は、とりわけ有名です。

1996年5月10日、エベレスト登山に挑戦していた2つの商業登山隊が、急激な天候の悪化にもかかわらず、山頂へのアタックを強行し、結果として8人が死亡する悲劇的な事故が発生しました。

ロブ・ホール率いるアドベンチャー・コンサルタンツ隊とスコット・フィッシャー率いるマウンテン・マッドネス隊は、当時それぞれ独自のルートでエベレスト登山を行っていました。ホールとフィッシャーは共にエベレスト登頂経験もある優秀な登山ガイドでしたが、それゆえに自身の登山計画に圧倒的な自信を持っていました。

これまでの成功事例に引っ張られて、悪天候を想定しきることができなかったホールとフィッシャーは、山頂を目の前にして、登頂を判断し、規定のターンアラウンドタイム(安全のために登頂を中止して引き返す時間)を無視してしまいます。

そして、驚くべきことに、天候が悪化し、無理を強いて死地に向かう登頂となっても、異論を唱える者は現れなかったといいます。結局リーダー達の判断ミスによって猛吹雪を突き進んだ結果、8名もの命が失われることになります。

 

エベレスト登山の事故の原因は何だったのか

この事故は、多様性と組織の意思決定の観点からよく論じられるケースです。すなわち、有能で力のあるリーダーが独断的に場を支配する結果、他メンバーからの多様な意見が吸い上げられにくくなり、リスクを複眼で捉えきれない画一的な意思決定によって組織が大きく失敗するという構造です。

リーダーと隊員との間に情報や経験の非対称性があったとはいえ、顧客である隊員たちにも、実は様々な登山経験とバックグラウンドがありました。自分たちの命が危険にさらされる状況のなかでも、強いリーダーの判断に従い続けたのはなぜなのでしょうか。

事故の直接的な原因は天候の悪化でしたが、システム思考的な考察を行うと、背景には様々な要因が相互に作用していたと言われています。生還者による証言も様々あるため、一方的に切り取ることはできませんが、事故の諸要因の中でも大きかったと言われているのが、2つの登山隊の隊長と彼らがガイドする顧客メンバーとの関係性です。

そもそもお互いのことをよく知らない顧客同士。経験豊富なリーダーに対して、メンバーは異議を唱えたり反対したりすることに後ろ向きだった。このことがリーダーの生存者バイアスを一層強化し、偏った判断がチームとしてなされていった――リーダーシップと多様性の機能不全が組み合わさり、グループ内で極端に不適切な意思決定を引き起こすことになったのです。

ぜひあなた自身も、次の問いについて自分なりの答えを考えてみてください。

・隊長2名が他メンバーの声を聞き入れるためには何が必要だったのか?
・これまで何度もエベレスト登頂を果たしてきているリーダーとそうではないメンバーとの間に対等な関係を築くためには何ができたのか?
・隊長の生存者バイアスを取り除くために何ができたのか?
・自分の業務に引き寄せるとどうか? 強いリーダーに対して違和感を覚えながらも反論に躊躇するとき、メンバーの立場からできることはあるか? 反対に、周囲が声をあげやすい環境を作るためにリーダーが普段からしておくべきことは何か?

 

チームの多様性が表出する条件

以上の考察から、一つのキーワードをたどって重要な教訓が得られます。つまり、チームにすでに存在していた多様性が機能しなかった。なぜか?

その要因の一つが、チームの「心理的安全性」の欠如です。

興味深いことに、これは多くの組織においても見られる現象です。多様性、多様性と言う一方で、実は多様性はすでにチームにある。バックグラウンドも様々で、専門性も違う。にもかかわらず、多様なアイデアや意見がなかなか出てこない。多くのケースにおいてその根底にある問題は、その多様性が望ましい形で「表出していない」ということです。

経験豊富で実力のあるリーダーのもとでは、こういったことがしばしば起こります。そもそもリーダーがリーダーに昇格する大きな理由が多くの組織において「実力」と「実績」です。そのため、こうした現象は決して珍しくありません。会社全体として上意下達や前例重視のプレッシャーがあるような組織風土であれば、なおさらです。

そこで重要になるのが「心理的安全性」なのです。

エイミー・エドモンドソン教授の定義によれば、心理的安全性とは一言で言えば「職場において率直な態度が歓迎される」という実感のことを指します。

より具体的には、チームのメンバーが、リスクを冒し、自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にし、間違いを認めてもよく、そのいずれによっても罰を受けたり拒絶されたりすることがないという安心感が共有されている状態です。エドモンドソン教授はさらに、組織に蔓延する4つの不安がこの心理的安全性を阻むと言います。

 

(組織に蔓延する4つの不安) 
無知だと思われる不安:「こんなことも知らないの?」と思われるのではないか
→(結果)わからないと言えない、疑問を共有できない
 
無能だと思われる不安:「こんなこともできないの?」と思われるのではないか
→(結果)チャレンジしない、規範に収まる、失敗を認めないまたは隠す
 
邪魔をしていると思われる不安:「仕事の邪魔をするな」と思われるのではないか
→(結果)積極的に動かない、質問しない、連携を躊躇する
 
ネガティブだと思われる不安:「反対してばかり」と思われるのではないか
→(結果)問題を指摘しない、意見しない

このような不安が強い組織、つまり心理的安全性の低い組織においては、多様性の可能性が殺されてしまうということは、容易に想像できると思います。

先述のHuman Insight社の研究においても、組織の多様性について同様の結論が得られています。多様性があるはずなのにチームとしての問題解決能力に乏しい。調査で明らかになったそのような組織に共通していたのが、心理的安全性の不足でした。

Human Insight社が開発したQi Indexと呼ばれるこのサーベイでは、チームの「認知的多様性」を縦軸に、「心理的安全性」を横軸に、組織の状態を可視化します。


組織の4つの状態

防衛的(Defensive):認知的多様性も心理的安全性も低い状態。メンバーは自分の見え方への悪影響を恐れ意見しにくい。意見が交換されないのでイノベーションも起きず、変化抵抗力が高い。不正が起こる危険性をはらむ。

対立的(Oppositional):認知的多様性はあるが心理的安全性が低い状態。意見は主張し合うが受け取り合うことがない、または自分への批判や罰を恐れ、意見を率直に述べ合うことがない。意見が交換されないのでイノベーションも起きにくい。連携が少なく、作業の漏れや重複が起きやすい。

画一的(Uniform):心理的安全性は高いが認知的多様性が低い。居心地が良いし意見は述べ合うが同じような視点ばかりになる。空気を読むので深い対話がなされず、新たな考えが生まれづらい。惰性、内向き志向、同調圧力が目立つ。

生成的(Generative):認知的多様性も心理的安全性も高い状態。異なる意見が安心安全の中でシェアされ、新たなアイデアが生まれやすい。違いに寛容であり、オープンで柔軟な思考が生まれやすい。グループのエネルギーが高く、失敗を恐れず実験が行われるため、イノベーションにつながりやすい。

 

あなたの組織はこの4象限に当てはめるとどの状態にあるでしょうか? その背景にある要因には何があるでしょうか? 「4つの不安」にも関連づけながら、ぜひあなた自身の周囲を振り返って考えてみてください。

 

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