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「凹(ヘコ)まない」技術 ― ヘコんだときには、さっさと寝る!

西多昌規(精神科医/医学博士)

2013年03月05日 公開 2022年11月10日 更新

《PHP文庫『「凹(ヘコ)まない」技術』より》

ヘコんでも、すぐに立ち直るテクニックを身につけよう

「凹む=ヘコむ」という言葉、あなたは口にしたことがありますか?

「こころ」が主語になる、比較的新しい言葉です。

「部長にダメ出しされて、ヘコんじゃったなあ」「あんなに勉強したのにこの程度の成績…ヘコむなあ」といった使い方をされます。

ちょっとしたイヤなこと、ツラいことで一時的に気持ちが落ち込んでしまうこと、これが「ヘコむ」の大まかな定義でしょう。金属板にポールや石のようなものが衝突して、「ポコン」と軽い音を立てて凹んでしまうイメージですね。

人間にとっては自然な感情の動きである「ヘコむ」ですが、現代社会ではこの「ヘコむ」に悩み、苦労している人が少なくないのです。

さまざまな理由が考えられますが、日本全体が抱えている社会的な問題も1つの要因でしょう。失われた10年、いや20年の間に、国家の政治、経済は退潮の一途をたどっています。閉塞し未来の見えない社会は、末端であるわたしたちの職場や家庭にまで、暗い影を投げかけています。

「どうなるかわからない」不確実性の強い、希望のない時代を生きなければならない一方で、技術の進歩により人は常に高い要求水準をつきつけられています。24時間便利に、そして1%のミスも許されないということは、それだけプレッシャーのかかる過重労働を強いられているということです。「ヘコむ」要因に、現代は事欠かないようです。

古典的な悩みである「人間関係」問題も、まだまだ健在です。悪気のない冗談を真に受けてしまったり、他人のささいな言動を気にし過ぎてしまったりすると、板金がポコンと凹むように、こころも「へコんで」しまいます。さらに、非難、中傷をされたときは、激しく「ヘコんで」しまい、絶望的になることもあるかもしれません。

最近では、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及で、「炎上」「dis(ディス)り」といった、昔では見られなかったかたちの個人攻撃によって「ヘコんでしまう」現象も起きています。

このような背景を考えると、「ヘコみやすい」時代は、今後も続いていきそうです。となると、「ヘコむ」ことを防ぐ、あるいは「ヘコんでも」すぐに立ち直るテクニックを知っておけば、これからの厳しい社会をサバイバルしていく上で有利になること間違いありません。

 

考えても仕方のないこと」は考えない

悩むことは、とても大切なことです。悩まない人間に、人格的な深みができるわけがありません。

ベストセラーとなった『悩む力』(姜尚中 著/集英社新書)でも、悩むことが生きる力や創造性につながると主張し、「悩むことは喜びである」という発想の転換を求めています。ただしこの本では、「あれを悩め」「これをもっと考えろ」といった具体的なアドバイスはないので、ハウツー的な内容を期待している人は肩すかしにあいます。読者に考えるきっかけを与えているに過ぎません。

悩むことが大切とはいっても、あれこれすべてのことを「悩む」「考える」のでは、情報過多と閉塞感にあえぐ現代では思考疲労を起こしてしまい、精神的にも「ヘコんで」しまいます。「考える」対象をきちんと振り分けないといけません。

仕事の選択や転職の決断など、自分の今後の生き方やキャリアデザインなどは、やはり自分でしっかりと考えていかなければならない、重いテーマでしょう。ニュースなどの情報も、自分の頭で読み解いていく能力がますます重要になってきています。

一方で、客観的にみて考えても仕方がない、ということもあります。そうしたことでもつい考えてしまうのが、人間の面白いところであり、難しいところでもあります。

では、「考えても仕方のないこと」とは具体的にどんなことでしょうか。1つ目は、「他人の考え、評価」です。

人の噂話やネットでの評判などについて、いろいろ考えてしまうのはまさにこの類いでしょう。ある程度他人の考えを推察することは、社会を生き抜く上で欠かすことのできない能力です。

しかし、あまりに「他人の考え」ばかりに目がいき過ぎてしまっては、自分がなくなってしまいます。配慮ならばいいのですが、他人の評価、目線ばかり考えてしまうのは、本末転倒です。「他人の脳」は、しょせん自分とはまったく異なる他人のものなのですから、いくら考えても限界があるのです。

◇◇ 「考える」ことより、「考えない」ことのほうが難しい ◇◇

2つ目は、「考えているフリ」「考えている自分が好き」など、自己や現実から逃避する目的で「考える」ことです。

「自分探し」ではないですが、「もっと自分には向いている仕事がある」「未知の可能性が自分にはあるのではないか」とあれこれ考え悩むのですが、結論に至り、行動に移すことはありません。「考えていること自体が目的」となり、結局は現状に安住しているパターンです。

今悩んでいることに、後で振り返って意味があるかどうかは、悩んでいる現在ではわからないことでしょう。結論のなかなか出ない難問に悩んで「ヘコんで」しまったら、いったん考えるのを中止することです。

日々「考える」ように教育されてきたわたしたちが、「考えない」ことを実践するのは、「考える」ことより、難しいことなのかもしれません。「考えない」ことを「考える」矛盾に陥りがちです。

そういうときは、家事などの日常生活でできる作業がおすすめです。イギリスの小説家、デイヴィッド・H・ローレンスは、「将来のことを考えるとゆううつになったので、そんなことはやめて、マーマレードを作ることにした。オレンジを刻んだり床をみがいたりしていると気分が明るくなるのには、まったくびっくりするほどだ」という言葉を残しています。

考えても仕方のないことを考え始めて「ヘコみそうな」兆しを感じたら、台所に行って何か作ってみてはいかがでしょうか。

 

自分を励ます「定番フレーズ」を持つ

自らの反発力、復元力があれば、「ヘコんで」しまっても心配することはないというのが、この本の主旨です。反発力、復元力を生み出す積極的な方法として、自らを鼓舞する「定番フレーズ」を持ってみるのはいかがでしょうか。

プロ野球では、キャップのつばの裏やグラブに、座右の銘を書いている選手が少なくありません。絶えず目にして自らを奪い立たせ、意識を新たにする習慣です。実際に確認したことはありませんが、先ほど現役を引退した元ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手の帽子の裏には自身の座右の銘である、

「心が変われば、行動が変わる。行動が変われば、習慣が変わる。習慣が変われば、人格が変わる。人格が変われば、運命が変わる」

が、書かれているそうです。

その道のプロフェッショナルは、なんらかの座右の銘を持っている場合が多いものです。マスコミから訊かれる機会が多いからという面もあるかもしれませんが、厳しい競争社会を生き抜いていくには何か自分の支えとなるものが必要なのは事実でしょう。一流のプロでも、結果が出せずに大いに「ヘコんで」しまったときには、座右の銘に立ち戻っているのに違いありません。

 

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