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オートファジー(細胞の自食作用)とは何か?

水島昇(東京大学教授)

2013年10月04日 公開 2022年08月25日 更新

 

細胞内で「掃除・分解・入替」を繰り返す

(1) 細胞内は常に掃除をしないといけない

掃除をしなければゴミがたまって汚れてくる、というのは私たちの身の回りのことだけではない。細胞の中も同じである。私たちの細胞はまさしく「生もの」であって、使っているタンパク質や細胞小器官は徐々に悪くなってくる。

タンパク質の中には、合成する途中で失敗してしまい、最初からゴミ同然となってしまうものもある。このようなものをそのままにしておけば、細胞の中はあっというまに使えないものだらけになってしまう。それでは、細胞としてまともに生きていくことができなくなる。そのためにも、細胞内を常に新鮮な状態に保つべく、ゴミがでればそれを処理したり、あるいはゴミとなる前に取り替えたりする必要がある。

この問題は寿命の長い細胞でより深刻である。寿命の短い細胞、たとえば寿命5日の腸粘膜の上皮細胞では、細胞内に多少ゴミがたまろうと、ゴミとともに天命を全うしてしまうので実際はなんの問題にもならない。しかし、神経細胞などではそうはいかない。

神経細胞の寿命は大変長く、ほぼ一生のつきあいとなる。一生使い続けないといけない細胞では、常にゴミがたまらないよう監視する必要がある。自宅の引っ越しのたびに大量のゴミに気づいて、それらを捨てた経験をお持ちの人は多いと思う。

もし引っ越しをしないで一生同じところに住むのであれば、よほど計画的にきちんとゴミを処理しないとならない。細胞は見事にこれをやってのけているのである。

(2) 細胞内は栄養もいっぱい

細胞の中にはタンパク質が詰まっている。私たちの食べている「肉」と呼ばれるものの多くは筋肉細胞であり、「レバー」は肝細胞である。これらがタンバク質の固まりであることはみなさんよくご存じの通りである。もし食事としてこれらのタンパク質がとれなくなったら、どうすればよいだろうか。

このような緊急時には、私たちは自分のタンパク質を多めに食べることにしている。これは空腹時のタコが自分の足を食べることによくたとえられる(タコが足を食べるのは本当だが、それは空腹だからという理由ではなくストレスによるものらしい)。

私たちのような人間でも、あるいは単細胞生物であっても、飢餓というのは頻繁に遭遇する逆境である。飢餓に対してはいろいろな対応方法がある。エネルギーを産生する目的であれば、蓄えている炭水化物(主にグリコーゲン)や脂肪を使えばよいが、それだけではすまない。

飢餓のときにこそ必要なタンパク質も作らなければならない。これにはどうしても材料としてのアミノ酸が必要であり、そのために細胞内の豊富なタンパク質が犠牲になるのである。

(3) 細胞が分化するためには中身も変わる

入れ替えの持つ3つめの働きは、変化を生み出すことである。部屋の模様替えであれば、置いてあるものの位置を変えるだけで変化した気分になる。しかし、機能的な変化を期待するのであれば、より質的に変えなければならない。

新しい家電や家具を買うことも必要であろうし、場合によっては、より大規模なリフォームやリノベーションも必要になろう。その場合、単にものを追加するだけでは不十分である。多くの場合、それまでにあったものを捨てたり、改造したりすることが先立って必要になる。

これと同様に、細胞が質的に変化するためには(これを「分化」と呼ぶ)、細胞の中身を大胆に入れ替える必要がある。人間はもともと1つの受精卵であり、それが次々と性質を変えながら大人にまで成長するわけである。その変化の過程はまさに細胞分化の連続である。

しかし、これまでの研究は分化に際してどのようなものが新しく補充されるかということにのみ、焦点が絞られてきた。その一方で失われているものがあるのだが、残念ながらその研究は遅れていた。本来、変化とは入れ替えなのである。

 

オートファジーの役割とは?

オートファジーの最も基本的な役割は飢餓に耐えることである。現在のような過食の時代を除けば、飢餓は生物を苦しめてきた主要なストレスである。多少の飢餓でも細胞や体全体が飢え死にしないようにしておく必要がある。

先ほど空腹時のタコが自分の足を食べる例を挙げたが、細胞が外部から十分な栄養をとれないときにオートファジーは起こる。やむを得ず自分自身を過剰に分解してそこから栄養素を得ているのである。

このようなオートファジーによる自身の過剰分解は飢餓のときだけに起こるわけではなく、発生の過程で細胞内を大規模に入れ替えないといけないようなときにも起こる。

たとえば、受精卵は着床するまでにその中身を大きく変化させるが、このときもオートファジーが必要である。これは栄養を作り出すという二重の意味で大切であると考えられる。

一方で、オートファジーは細胞の中をきれいにする浄化作用ももっている。すでに述べたように、神経細胞のように寿命の長い細胞は、オートファジーを起こすことによって細胞内にゴミがたまらないようにすることができる。肝臓や心臓などでもこのような浄化作用はとても大切である。細胞内の新陳代謝が障害されると、神経変性を起こしたり、腫瘍形成を招いたりする。

オートファジーによる浄化作用はパーキンソン病の原因とも深く関係していることがわかりつつある。将来治療とも結びつく可能性のある研究領域である。最近では長寿とオートファジーとの間にも関連があると考えられている。

さらに、オートファジーは自己成分以外も分解する。細胞内にあるのはすべて自己の成分というわけではない。細菌やウイルスなどの微生物もしばしば細胞の中に侵入している。オートファジーはこれらの微生物にも目を光らせている。

一方で、微生物はオートファジーから逃げるべくいろいろな抵抗手段を講じている。戦いは細胞の中でも起こっているのである。オートファジーはさらに抗原提示という免疫を成立させるために必要なステップでも大切であることがわかりつつある。

最後に、このような過激なオートファジーが起こりすぎると細胞にとってむしろ傷害をきたす可能性があるとも考えられている。

このようにオートファジーの役割は非常に多岐にわたっている。私たちの体の中では、常にオートファジーが機能していると言ってよい。これほどまでに大切な機能であるが、これらがわかってきたのは本当に最近、あるいは今現在と言ってよい。

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なぜ『オートファジーの謎』を書いたのか

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