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新「松下電器行動基準」策定と企業倫理担当の経験から学んだもの

上野治男・パナソニック終身客員

2018年06月26日 公開 2018年06月26日 更新


 

上野治男(パナソニック終身客員)
うえの・はるお*1940年生まれ。1965年東京大学法学部卒業後、警察庁入庁。在米大使館一等書記官、兵庫県警刑事部長等を務め、1984年より内閣官房危機管理等担当室長。その後、竹下内閣総理大臣秘書官、群馬県警本部長、防衛庁教育訓練局長を歴任。1994年より松下電器産業顧問に就任。同社取締役・法務本部長、常務取締役として企業法務・全社のリスク管理・企業倫理・情報セキュリティに携わる。2004年より法政大学大学院客員教授、日本経済団体連合会経済法規委員会委員等を歴任。

警察や内閣官房などでの豊富な実践経験を買われ、松下電器産業(現パナソニック)で顧問として危機管理を担った上野氏は、松下幸之助創業者の経営理念に触れ、かつてない感動を味わったという。実践の中で磨き上げられた理念を、今の時代に即してどう再解釈するか。そして、いかに正しく具現化するか。それらの課題に対し、上野氏は新たな行動基準の策定や企業倫理担当の仕事を通じて向き合い続けた。その経験から学んだこととは?

取材・構成:平林謙治
写真撮影:山口結子
 

まじめに働く人が守って損しないルールを

警察庁を振り出しに、警察、外務省、内閣官房・総理府、防衛庁と合計29年間官庁に奉職した後、松下電器産業に入社し、4年近く経った1998年のことです。思いがけなく取締役に選任され、法務本部長に任命された私に、もう一つ肩書が加わりました。取締役就任を機に、入社時からつけていたリスクマネジメント担当の肩書を継続するとともに、「企業倫理担当」というポストを新設し、その職を私に委嘱していただきたいと願い出て、了承されたのです。

「企業倫理担当」にこだわったことには、理由がありました。大学で法学を専攻した後、官僚として長く法律関係の仕事に携わる中で多くの法律実務家と接し、法律の“裏表”を目の当たりにしてきたからです。

法律担当者の陥りやすい悪弊の一つは、法律に触れなければ何をしてもいいと過信することです。そして、いつの間にか、綱渡りのような法律スレスレの行為に、むしろそれが儲かる秘訣だと錯覚して手を染めてしまうのです。法律とは元々、社会の最低限度のルールを定めたものにすぎず、法律が禁じていないからといって社会的に許される行為かというと、必ずしもそうではないでしょう。ましてや、法律に従って行動したからといって、事業で成功するわけではありません。法律は人生の指針を示すものでも、経営の方向づけをしてくれるものでもないのですから。

社会には本来、法律より上位の価値観――道徳律や企業倫理があります。法律の抜け道探しに走る法律家を見続けてきたからこそ、私は、倫理道徳に従って行動すべきだとわが身を戒めるとともに、社内に向けても倫理観の重要性を発信したかった。そういう思いから、あえて企業倫理担当というポストの設置とその公表を求めたのです。

もとより、「正直こそ商売の要」であり、「道徳は実利に結びつく」ことが明らかなのは、ほかでもない、創業者が示されている通りでしょう。ところが、松下電器でも残念なことに、私が法務本部長になってからも、法令違反が何度かありました。その内容を見ると、多くは会社のためによかれと思ってしたことが本人の意に反して不法行為となったもので、違反者自身が個人的な利益を得ているわけではないのです。「それが救いだ」という声もありますが、そうでしょうか? 私は断じて違うと思います。むしろ法令違反を庇い立てしたり、そうと知りながら目を瞑ったりする空気の存在が不法行為を助長してしまっていたのです。当時の松下電器には、「任して任さず」という考えが曲解され、時として現場に寛大になりすぎる傾向がありました。

西欧の法格言が「悪人に対する慈悲は、善人に対する残酷な仕打ち」と戒める通り、企業が大切にすべきは、陰日向なく、コツコツとまじめに頑張る従業員なのです。不正に厳正に対処し、まじめに働く人々が損をしないように、むしろルールを守れば守るほど、個人も、組織も得をするようなシステムを常日頃から構築しておかなければなりません。「正直こそ商売の要」「道徳は実利に結びつく」の本意はそこにあるのですから。

※本記事は、マネジメント誌「衆知」(特集「松下幸之助流で企業不祥事に対する」)より、一部を抜粋編集したものです。

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