―――もっとも強い者が生き残るのではなく、もっとも賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である。
この言葉はビジネスの場面でもよく用いられる、ダーウィンの有名な一節である。生物は気の遠くなるような長い時間、生存を賭けた進化と淘汰を繰り返し続けてきた。
静岡大学農学部教授で生物学者の稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)氏は、“雑草”は自ら変化し続けることで、変化の激しい環境下でも生き延びられるようになったと語る。「VUCA」と言われる激動のこの時代に、雑草から得られるビジネス戦略のヒントとは。
本稿では、稲垣栄洋氏の新著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』より、雑草の生存戦略に関する一節を紹介する。
※本稿は稲垣栄洋著『Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。
白亜紀の終わり頃…生き残りをかけて「雑草」は誕生した
木と草は、どちらがより進化した形だろうか。じつは、草こそが、変化する時代に対応して、植物が進化した形である。恐竜の時代、植物は大きいほうが有利であった。
恐竜が繁栄した時代は、気温も高く、光合成に必要な二酸化炭素濃度も高かった。植物は光を求めて、競うように巨大化していった。
すると植物をエサにする草食恐竜たちもまた、高い木の上の葉を食べるために、巨大化する。こうなると、植物も恐竜に食べられないように、さらに巨大化していく。まさに「大きいことはいいことだ」の時代である。
しかし、白亜紀の終わりごろになると地殻や気候が変動する「変化」の時代となった。何が起こるかわからない変化の時代になれば、時間をかけてゆっくりと大きく育っている余裕はない。それよりも、短い期間に成長して花を咲かせ、いち早く種子を残して世代更新をしたほうがいい。
そのため、小さな「草」が登場したのである。草への進化は、シンプルな構造を持つ「単子葉植物」という劇的な進化として起こったと考えられている。
単子葉植物は、じつにシンプルな構造をしている。根っこは太い根っこから細い根っこへという植物の構造を無視して、ただ無秩序に根っこを伸ばすだけである。水を運ぶ葉の葉脈や茎の形成層も、まったく構造をなしておらず、とにかく水を運べればいいというくらいのシンプルな仕組みだ。
まるで組織や役職のないフラット化したベンチャー企業のようだ。単子葉植物の草は、大きく育つには、まったく向いていない単純構造をしている。
変化の時代に対応するためには、とにかくスピード重視なのだ。そのためにできるだけ単純化し、シンプルにするというのが変化の時代に進化してきた草の戦略なのである。
やがて今から数万年前。生物の歴史上、最強にして最悪の、どう猛な生物が現れ、環境を破壊するようになったのである。その生物こそが、人間である。この人間が作り出した変化する環境に適応して進化した植物が、「雑草」と呼ばれる植物群なのである。
植物は自らが変化しなければならない
変化に対応するためには、自らが変化しなければならない。この「変化する力」のことを、生物では「可塑性」という。環境に合わせて、変化してゆく能力が大切なのだ。
植物は可塑性が大きい。その元にあるものは、「変えられないものは受け入れる、変えられるものを変える」ということだろう。植物は動くことができないので、変えられないものは受け入れるしかない。変えられないものというのは、周りの環境だったり、周りの植物たちである。
そして、変えられるものを変える。変えられるものというのは、自分自身である。だから、自分のほうを変化させる。それが、植物の可塑性だ。
かつて世界初のデジタルカメラを発明したのはコダックであった。しかし、コダックはフィルムの一大メーカーである。そのため、自らのビジネスを崩壊させるようなビジネスはしなかった。
そして、デジタルカメラに対抗するためにフィルムの価格を下げて、競争力を高めていったのである。その結果、一大メーカーであったコダックは倒産をした。
一方の一大メーカーであった富士フイルムは“ダイナミック・ケイパビリティ戦略”をとった。ダイナミック・ケイパビリティとは、環境の変化に合わせて自らを変化させられる力である。
富士フイルムは、本業を捨てて、自らが持つ高度な写真フィルム技術を強みとして事業を多角化していった。そして、医療分野に軸足を移し、見事に生き残りを図ったのである。