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生き方

「いい人」を素直に受け入れられない進化論的な原因

石川幹人(明治大学教授)

2022年03月15日 公開

 

「優秀な遺伝子だけが受け継がれる」は間違い

その環境で生きにくい特徴を遺伝的に持つ生物は死に絶え、反対に、その環境で生きやすい特性をたまたま持っていた個体が生き延び、個体数を増やしてきた、というのが正しい表現です。

ヒトを含めた生物たちは、このような厳しい生存競争を何千万年にもわたって繰り返し、生きていくために必要なさまざまな特徴――自主的に食べること眠ること、危険を回避すること、病気から身を守ること――など、多様な遺伝的特徴を後世に伝えてきたのです。

つまり、今を生きる私たちの心身や行動様式は、これまでの長い生存競争の中で身につけてきた、生き延びるために必要な要素の寄せ集めとも言えるでしょう。驚くべきことに、私たちは約6000万年前に登場した人類の祖先である哺乳類の時代に身につけたと推測される特徴を、今も引き継いでいることがわかっています。

身近な例を1つ挙げると、「おいしそうなものを見ると、食欲を我慢できずについ食べて、太ってしまう」というのがそれに該当します。私たちの祖先である哺乳類が生きていた厳しい環境では、食べ物が得られるかどうかは気候や運に左右され、同じ食べ物を求める種同士で食料を巡って争うため、十分な栄養を手にする機会がありませんでした。

また、運よく食べ物を手に入れられても、当時は保存する技術がありませんから、哺乳類たちはあったらあるだけ食べてひとまず栄養を脂肪として蓄え、飢えに備えるようにしていたのでしょう。

このときに獲得した特徴がヒトにも引き継がれているせいで、私たちは栄養分の多い食事を好み、食べたらそのぶん脂肪になる身体的特徴を持っているのです。「高カロリーな食べ物をおいしそうと感じ、見るとつい手が伸びる」というのは、実は生物にとっては仕方のない行動なのですね。

しかし、現代社会ではこの特徴が問題になります。少なくとも日本では安価で栄養価の高い食べ物がどこでも手に入るので、放っておけば肥満の要因になってしまうのです。これは、進化によって獲得された「生存に有利な行動様式」が、現代社会では問題に転じてしまうという一例です。

実は、冒頭に挙げた例でも、これと同じことが起きているのです。一般的に「いい人」とされる特徴は、私たちが進化の過程で獲得してきたもの。そういった行動を選択するような遺伝情報を引き継いでいます。にもかかわらず、現代社会ではその特徴や行動が必ずしも「いい人」とは見なされないことがあるのです。これが、「いい人なのになぜか嫌われてしまう」という現象が生じる原因です。

 

カギは「狩猟・採集時代」

カギは「狩猟・採集時代」と呼ばれている時代にあります。最初の人類が地球上に登場してから現代の私たちに至るまでの間、もっとも長い時代はいつだったかご存じですか?

それが「狩猟・採集時代」にあたります。実は私たちヒトは、人類史の9割以上の時間を、この狩猟・採集民として過ごしてきたのです。

サルの仲間の一種から進化し、最初の人類(ホモ属)が登場した約200万~300万年前から1万年前まで、人類はずっと狩猟・採集型の生活をしていました。私たちの祖先は、長年続いたこの生活環境に適応するように進化してきており、ヒトの脳に固有な部分の9割以上が、この狩猟・採集の時代に形成されたと考えられています。

サルの時代、私たちの祖先は森の中で生活し、木の実などを自分で採って食べて生活していましたが、狩猟・採集時代にはこの生活環境が大きく変わりました。私たちの祖先は、気候変動で縮小した森を追われ、さらなる食料と居住地を求めて草原で暮らすようになったのです。

草原の生活では、食料は植物性のものからマンモスなどの動物性のものへと拡大しました。しかし、このような動く獲物は、到底1人では捕まえられません。そこで、ヒトはサルのように個体で生活する様式から、互いに協力して生活する様式へと移行したのです。

これが現代の私たちにも共通する、「協力し合って生活を共にする」行動様式のルーツです。

ただし、集団生活を送るようになったとはいえ、当時は食料が乏しくて1つの居住地に多くの人は住めません。そのため、100人程度の小集団を形成し、その規模の集団がアフリカ各地に点在していたと推測されます。

協力し合って集団を形成し、特定の目的を共にこなそうとする際には、役割分担が必要です。例えばマンモス狩りで考えれば、罠を仕掛ける人、追い込みをかける人、槍を投げて仕留める人、仲間が襲われないようにトドメを刺す人、獲物をさばく人、食料にして分配する人など、役割を分担すれば作業が効率的に進められます。

また、食料を確保できる可能性を高めて飢餓を回避するためにも、集団をさらに小グループに分けて、それぞれ食料確保の行動をしていたと推測されます。1つのグループだけに集団の食料確保を任せておくと、獲物を捕まえられなかったときに全員が困窮するリスクが大きくなってしまうからです。

そのような集団の中で「いい人」として認識されるのは、「率先して協力し、集団の利益に貢献する人」です。集団の構成員として認められるには、その集団の中に生まれ、そして互いを助ける存在でなくてはなりません。他人が獲物を捕まえて食料を分けてもらったら、今度は自分が率先して獲物を捕まえて分け与えるという相互の協力関係が成り立たないと、集団としての存亡が危うくなるからです。

生物進化論的には、それを実現できたヒト集団だけが生き残ってきたのだと言えます。

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現代社会は私たちの遺伝情報とズレている

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