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くらし

「いっそ気づかなかった方が」突然余命を告げられた愛猫との残された時間

堀晶代(ワインライター)

2023年02月20日 公開

「いっそ気づかなかった方が」突然余命を告げられた愛猫との残された時間

「動物一匹救っても、世界は変わらない。でもその動物にとっての世界は、まったく違うものになる」フランスでこの言葉にはじめて出会ったのは、 2011年の夏。トラやライオンなどサーカスで傷ついた動物たちを保護する動物園「トンガ 受け容れの地」へ取材したときだ。あるとき、ふと思った。世界が変わるのは動物だけではなく、その動物に関わる人間も同じなのでは? と。

16年前から、猫と暮らすことになった我が家。もともと猫は好きだったが、「猫と暮らそう!」と積極的に準備していたわけではない。だから路上で出会った「テンコ」を連れ帰ったのも、実家で保護した「ボンビ」を迎えたのも偶然と成り行きだったが、いまではなくてはならない存在だ。

猫の「テンコ」視点で綴る家族の物語、本稿では同居猫「ボンビ」をおそった予期せぬ病のエピソードを紹介する。

※本稿は、堀 晶代・著『佐々木テンコは猫ですよ』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

お腹を撫でたときの違和感

堀晶代

春、夏、秋、冬がやってきて、1年がすぎる。でもそれは、ただただくり返しているだけではないみたい。ランやプが前よりも、

「歳、くったなぁ」と、ため息をつくことが増えた。 

歳をくうって、どんどんと覚えたことが増えていくということなのかな。それとも太るということなのかな。わたしもこの家に来たころよりはずいぶんと、からだがおおきく重くなって、昔よりも高く跳べなくなった。でもそれは、悪いことでもないみたい。

「大人のメインクーンは、体が大きいから動きがゆったりしてくる。関節に負担をかけないように、高い場所への上り下りには段差を増やさなきゃね」

ランが椅子やらいろいろなもので、高い場所まで上れるようにしてくれた。

ただボンビはいよいよ、太りすぎ。

「まるでお盆の時に飾る、ナスに爪楊枝さしたアレみたい」とランが言うと、プはのんきに

「猫は太ってもカワイイって、なんだかズルいなぁ」

そう言いながらも、

「でもへそ天やおばけニャンのポーズが取れないのは、ちょっとよくないかも」と、ボンビのお腹まわりを揉むようになでている。「へそ天」や「おばけニャン」。もともとちょっとは警戒心があるのがわたしたち猫。

だからわたしもこの家で、お腹を丸だしにして眠れるまでには時間がかかったけれど、ボンビは来たときから、いきなり仰向けで眠って、ランもプもわたしもおどろいた。前足をチョコンと折りたたんで胸もとに揃えるのが、おばけのように見えるのだとか。

この家には、年越しくらいしかキチンとしたお祝いごとが、みごとにない。なのに今年は、とっておきのお祝いがあるみたい。それはランの「還暦」っていうもの。

「家族や親戚を集めての大げさな還暦祝いじゃなくっていいから。でもこの日に会いたい友人と、この日に行きたいレストランは、何年も前から決めている」

「私も、世界中を探しても探しきれないくらいの美酒を揃える!」

とにかく、ビックリするくらいにたのしそう。

ランもプも、その誕生日はわからないのだけれど、たぶんランの誕生日は1年でもっとも日が長いとき。そして不器用なプも、美酒とやらを揃えることには自信があるようだ。

「しあさってだね」

ちょっとまえから、見なれない服や、服につけるこまごまとしたものを用意しているランは、夕ご飯をおえると、まるでプみたいに着がえては鏡のまえに立ち、「ねぇ、プ。どっちが良い?」と聞くと

「いまのランに似合うのは、こっちかな?」

プも、ランの服やこまごまとしたものを、取っかえ引っかえしている。

夜中近くにベッドに寝ころんだランの横で、ボンビがころりと仰向けになって、お腹を見せたところでピタッと止まった。

「お、久しぶりに完璧なへそ天だ!」

いとおしそうにボンビのお腹をなでていたランの顔が、ふと曇った。

「プ。ちょっと、こっちに来て。ボンビのここを触って」

「なに、なに? あ、へそ天? ひさびさだぁ」

「違う。ここだよ、ここ」

ランはいままでさわっていた場所に、プの手をうつした。

「なにか、あるの?」

もう一度ランは、へそ天しているボンビのお腹をゆっくりとさわってから、またその場所にプの手をうつして、

「分からない?」と、プにたずねた。プの答えはおなじ。

「分からない」

ランはボンビとプを見ながら、すぅっと息を吸って吐いて、言った。

「還暦祝いは、延期」

「へっ!?」

「延期と言ったら、延期。いま、プにできることはふたつ。まずは用意してくださった皆に、延期やキャンセルを心から詫びること。つぎに明日朝一番で、ボンビを獣医さんに連れていくこと」

なにが起きかたのかが、まったくわからないプへ、ランの話す声はいつもよりぐっと低い。

「医者じゃないプが感じないのは仕方ない。でもここに、とってもとっても小さいけれど、しこりがある。このしこりの感じは、人間だったら悪性の腫瘍の疑いがかなり高い。

つまり癌の疑いがあるということ。それに人間よりは、きっと進行が早い。それに気づいてしまったのに、しあさっての還暦はとりあえず予定通りに祝うだなんて神経は、少なくとも俺にはない」

プが固まった。ランはひとり言のようにぼそっとつぶやいた。

「久しぶりのこの完璧なへそ天が、吉となれば......」

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猫の乳腺の腫瘍はほぼ悪性

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