顧客の声を聞きすぎない...自動車業界に変革を起こしたフォードの“戦略的思考”
2023年03月09日 公開 2023年03月23日 更新
激変する今の時代を生き残るには、戦略的思考が必要不可欠。目の前にある問題を解決しているだけでは、イノベーションを起こすことは不可能だ。IT業界や自動車業界を例に、戦略的思考が必要とされている理由、そして戦略的なビジネスパーソンであるための要素を、三坂健氏が解説する。
※本稿は、三坂健著『戦略的思考トレーニング 目標実現力が飛躍的にアップする37問』(PHPビジネス新書)から、一部抜粋・編集したものです。
なぜ「戦略的思考」が必要なのか?
なぜ、私たちは、戦略的思考のために時間を割き、戦略的思考を実践しなければならないのでしょうか。目標実現への強い想いとは別の角度からも、私の解釈も含めて、説明しましょう。例にあげるのは、自動車業界です。
【演習問題】
自動車業界は、今、「100年に一度の大変革期」に直面しているといわれています。それは、どんな変化でしょうか? また、100年前に起こった変化とは、どういうものだったでしょうか?
まず、100年前に起こった変化についての答えは、ヘンリー・フォードが起こした革命です。
彼は、1908年に、T型フォードを世に出しました。色はすべて黒、部品も共通化され、ベルトコンベアを備えた工場のラインで組み立てられるという、それまでになかった自動車の誕生は、現代に続く大量生産、大量消費のビジネスの基盤を創り出しました。
それだけでなく、工場で働く労働者の生産性を飛躍的に向上させ、賃金が高まったことで、社会構造をも作り替えた大変革でした。
自動車業界は、その後、100年にわたり、フォードによって創られたこのビジネスモデルを拡大再生産し、改善に次ぐ改善を行うことで進化させ、飛躍的な成長をとげてきました。
しかし、今、この延長線上ではない、新しいビジネスモデルへの変革が求められています。それが「100年に一度の大変革」といわれているものです。
多くの方がご存じの通り、CASE(コネクティッド、自動化、シェアリング/サービス、電動化)という標語に表される、テクノロジーや自動車の利用形態、インフラの変革が、同時に起こっているのです。
このようなときにこそ、戦略的思考が求められます。
戦略的思考の必要性を考えるうえで参考になるのが、既に変革をとげている通信業界です。
固定電話から携帯電話に置き換わった当初は、日本の主要電機メーカー各社がこぞってハードの開発を行い、通信会社が主導するかたちで、いわゆる「ガラケー」の市場が出来上がりました。
しかしながら、よくご存じのように、Appleが開発したiPhoneによって産業構造がすべて変わりました。ハードはiPhoneに置き換わり、ソフトもインターネット企業主導のアプリやコンテンツに総入れ替えしました。結果、それまでハードを開発していた主要電機メーカーの多くが事業撤退を余儀なくされました。
なぜ日本の電機メーカーがAppleに負けてしまったのかを考えるうえで注目されるのが、「イノベーションのジレンマ」というものです。
「イノベーションのジレンマ」とは、業界トップになった企業が顧客の意見に耳を傾け、さらに高品質の製品やサービスを提供することが、イノベーションに立ち後れ、失敗を招くことにつながる、という考え方です。ハーバード大学のクレイトン・クリステンセン教授によって提唱されました。
つまり、成功している企業ほど、顧客の声に真摯に耳を傾けるあまり、変化に乗り遅れてしまう傾向がある、ということです。
これは、フォードがいったとされる、次の言葉にも通じます。
「もし顧客に、彼らが望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」
顧客の声に耳を傾けること自体は悪いことではありません。難しいのは、顧客は「今」の問題を解決したいと思っていて、「未来」のことまで想起しているのは一部でしかない、ということです。
顧客の声に耳を傾け、それに対応する問題解決的思考だけでは、「イノベーションのジレンマ」にはまってしまいます。
企業は、それと並行して、いや、むしろ先行して、「強い想い」のもと、戦略的に考え、目標への道筋を描き、顧客を次の世界へと牽引していく覚悟を持って事業に取り組む必要があります。
私たちに、なぜ、戦略的思考が求められているのか。それは、常に時代が変化していく中で、今あるものだけを対象に考えていても進化は生まれないからです。また、ルールが変わると、これまでの経営が立ち行かなくなるリスクも存在します。
自動車業界の大変革は、産業の在り方そのものの構造変化を意味しています。自動車産業に従事しない人にも、必ず影響が及びます。
渦中の自動車業界は、様々なメッセージを発信して、戦略的に思考し、行動することの重要性を伝えてくれています。そこにいる社員だけでなく、周囲にいる私たちも、その必要性に迫られていると考え、次なるモデルへのシフトを果たす必要があるといえます。
起点になるのは「強い想い」
「戦略」と「戦略的」では、どのように意味が変わってくるでしょうか?
「的」という言葉は、論理的、知的、分析的、総合的、部分的、短期的、中長期的...など、ビジネスでよく用いられます。これらを見ると、「的」がつくと、その状態や様を表すことがわかります。
ですから、戦略に「的」が加わると、次のように意味が変わるといえるでしょう。
・戦略とは、人生やビジネスにおいて、納得のいく結果を得、目標を実現するためのシナリオ
・戦略的とは、人生やビジネスにおいて、納得のいく結果を得、目標を実現するためのシナリオを思考・実行している状態
戦略「的」とはどういうことかをイメージするうえでは、実際にこのような状態にいる人を思い浮かべてみるといいでしょう。経営者、組織のリーダー、スポーツ選手、タレント、政治家、YouTuber...、誰でも構いません。
戦略「的」に考え、行動している人を観察する(もし可能なら、実際に会って話を聞いたり、一緒に働いたりする)ことで、多くのことを学びとることができます。
【演習問題】
では、実際に人物を複数人、思い浮かべてみましょう。その人たちの思考パターン、行動パターンに共通することは何でしょうか?
いくつかの共通項に気づいたでしょうか?
私は、コンサルタントとして駆け出しの頃、戦略的な思考を鍛えるためにいくつかのトレーニングを自分に課しました。そのうちの1つが「経営者の本をひたすら読むこと」でした。
松下幸之助、本田宗一郎、藤沢武夫、井深大、盛田昭夫、小倉昌男、稲盛和夫(敬称略)など、日本を代表する経営者の方々が書き下ろしたり、実際にお話しされたりした言葉に耳を傾けました。
海外の経営者も含め、できるだけ多くの方の考えに触れました。経営者の語る内容はとてもエキサイティングで、大変面白く、1日1冊ぐらいのペースで、かじりついて読みました。
そこから多くの学びや気づきを得ました(余談ですが、おかげで、数年後に『日経ビジネスアソシエ』という雑誌から「名経営者に学ぶ」という趣旨の特集記事で声をかけていただくきっかけを得ました)。その際に見えてきた「戦略的に考える人」の共通項は多々あります。
論理的思考ができている。目標が明確。人想い。大胆さと緻密さを併せ持つ。大局を見て小局を動かす。自ら率先することで人を動かす。時に腹黒いともいわれる、したたかな判断をする...。
その中で、最も多くの人に共通していることがありました。それは、目標を実現することへの「強い想い」を抱いているということです。
「何だ、そんなことか...」といわれてしまうと思いますが、なぜ、ダラダラと惰性的、場当たり的に考えるのではなく、あえて戦略的に考えるのかといえば、自分自身の「役割」を自覚して、「目標」を具体化し、実現することへの「想い」を抱いているからです。
「想い」がない、あるいは、あっても長続きしなければ、戦略は必要ありませんし、途中で途絶えてしまいます。
戦略とはシナリオです。シナリオは道筋です。つまり、実現したい目標への「道」が戦略です。
実現すること自体に強いこだわりがなければ、道を描こうとも、道を歩もうとも思わないでしょう。戦略的な人に共通することの根幹は、目標実現への「強い想い」の存在です。
あなたの目指す目標は何でしょうか? その背景には、どのような役割や目的がありますか? そこに強い想いを向けられているでしょうか?
それが、戦略を考える起点となります。戦略的であるとはどういうことかを知るうえで、もちろん理論を学ぶことも大切です。しかしまずは、身近な人、実際の人物から、戦略的であるための要素を抜き出すことをお勧めします。材料は身の回りにたくさんあります。