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「3兆円の国富が流出している!」メディアが報じない電力会社の嘆き

夏目幸明(ジャーナリスト)

2012年07月06日 公開 2022年05月23日 更新

電力会社社員が切なく語る「片思い」

今度は幹部についていた人物が唇をかむようにしていう。

「例えば、電力の大口需要家である自動車メーカーさんの料金に、燃料費の積み増し分を乗せるとします。ごく簡単な計算で求めたものですし、それぞれのメーカーさんにもよりますが...自動車1台分につき、電力料金が1万円以上増えてしまうことになるんです。

東京電力社員のボーナスがカットされ、新聞でも大きく報じられていますが、燃料費の積み増し分に比べれば、金額的なインパクトはずっと小さいはずです。なぜ、日本国内から毎年3兆円ものお金が出ていくことを、ボーナスのことなどよりもっと大きく報じてくれないのでしょうか。とてつもない大きさの国富が流出しているのに、なぜメディアはこれほどの問題に紙面や放送時間を割いてくれないのでしょうか。私には、日本の存亡がかかっている問題に思えるのですが」

トヨタ自動車の黒字が約1兆円。日本はこの世界的な企業3社分の利益を国外に垂れ流しているのだ。

2011年、日本の貿易収支は31年ぶり、第二次オイルショック以来の赤字を記録した。財務省が発表した2011年の貿易統計では、1980年の2兆6129億円に次ぐ史上2番目の金額となる2兆4927億円。燃料費の積み増し分、3兆円が大きく影響した結果だ。

今、日本は"ストックリッチ、フロープア"の状況にある。わかりやすくいえば、貯金額が多く、現金はあまり流通していない状況にある。景気は将来への恐怖感によって浮沈する。今は、将来への恐怖感が大きく、だからこそ、国民は貯金に励んでいるのだ。だが、貯蓄に回す額は減少している。1995年は11.9%だったが、年々低下し2000年には8.7%、2005年には3.0%と10年間でほぼ3分の1にまで低下してしまった。

一方で、国の借金はふくらみ続けている。なのに、なぜ日本経済は破綻しないか。国の借金は日本国民が貸し付けているのだ。国民が貯蓄したお金は、銀行などを経由し、日本国債になっている。日本国がどれだけ借金を重ねようと、日本国民が貸しているかぎり、日本経済は破綻しない。

だから、円安になるどころか、日本は安定通貨としてギリシャ危機の時などは円高になった。ごく簡単にいえば、日本政府という親が借金していても、日本国民、もしくは日本企業という名の子供がお金を貸している分には、親が借金取りに追い回されることはない。

だが、子供のサイフはもうギリギリだ。貯蓄に励んで、その貯蓄を親に貸してきた。しかし、子供は最近、貯蓄をする余裕はない。むしろ、ついに燃料費の積み増し分で、子供の生活費はマイナスになってしまった。

電力マンが"国富の流出"という言葉を使ったことを思い出してほしい。仮に電力会社が設備投資などでお金を使ったなら、そのお金は日本国内で流通することになる。先のたとえでいえば、日本国の子供同士でお金をやりとりしているようなものだ。

しかし、海外に出ていったお金は、子供がお店で使ってしまったお金のようなもので、出ていって戻ってはこない。戻ってくるとすれば、トヨタ自動車のような"優秀な子"が外貨を稼いでくれなければならないが、今、ソニー、パナソニックといった日本の"優秀な子"たちは赤字に苦しんでいる。

彼の言葉が、次第に熱を帯びてくる。

「このままでは、日本が成り立ちません。2011年、電力会社の決算は9社(沖縄電力を除く9社、という意味)合わせて約1兆5000億円の赤字です。大口需要家に電力料金を上乗せしたら、工場の海外への移転も視野に入ってくるでしょう。すると、雇用情勢も悪化し、設備投資費も海外に出ていってしまう。これだけの大きな危機が、報じるに値しないことでしょうか?」

先にも紹介した通り、安全に関することだけは、何十年も忘れず、日々信念として貫かなければならない。なのに、我々は忘れっぽい。

1960年、南米・チリ沖で起きた大地震の津波が太平洋を渡って日本を襲い、三陸地方に大被害をもたらした。その約50年後、今度は三陸沖で地震が起き、津波は再び、日本に大災害をもたらした。東北電力の電力マンは、東北地方太平洋沿岸を何度も襲った津波に対して恐れを抱き続け、信念を貫き、これに備え、女川原子力発電所を津波から守り抜いた。

一方、日本は津波と同様の頻度でエネルギー危機に見舞われており、電力会社はこれに信念を持って備えてきた。オイルショック以来、営々とエネルギーの多様化に努めてきたのだ。だから、電力は何とか足りている。しかし、電力マンたちへの逆風は止まない。

「我々は、今までも極力安く、極力安定的に電力を供給できるよう、死力を尽くしてきました。幹部がことあるごとに産出国の首脳を訪ね、良好な関係を築いてきたのも、ひとえに電力の安定供給、ただそれだけを思ってのことです。ほかの公共料金が値上げされ続けてきたのに、電力料金は下がってきていました。それも、すべては電力を使う方たちのためです。なのに...」

彼がうつむいていった。
「我々の思いは、いつも片思いなんですよ」

国際関係は、今でも太平洋戦争の時やオイルショックの時と変わらず、エネルギーを"人質"に交渉が行われている。

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