近年、「動物愛護」や「動物の権利」をはじめ、生き物をめぐる新たな運動が世界各国で広がりをみせている。日本でも同様に、娯楽として親しまれている競馬へと向けられる視線は厳しいという。
自然環境や野生動物、愛玩動物に対する啓発・調査を行っている環境NGO「LIA(Life Investigation Agency)」のメンバー、ヤブキレンとミミは、「人が刹那の喜びを求めれば求めるほど、馬はあえぎ苦しんでいる。馬の問題も、畜産動物の問題と一緒で最悪の状況にあり、これを変えなくてはならない」として、SNSを通して激しく非難を続ける。
ジャーナリストで大和大学教授の佐々木正明氏が、イギリスのジョンソン首相をも動かした日本人活動家に密着取材し目撃した「競馬界の現状」と「動物の権利を掲げる団体の思想」について明かす。
※本稿は、佐々木正明著『「動物の権利」運動の正体』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
「ばんえい競馬」反対キャンペーン
2022年3月。ヤブキレンとミミは北の大地にいた。2月末に、今シーズンの和歌山県太地町での反イルカ漁キャンペーンが終了した。2人は春の兆しが訪れる海辺から、まだ雪が吹きすさぶ極寒の地へ飛んだ。
太地町から1200キロ離れた北海道帯広市に滞在し、レンが設立したLIAの公式インスタグラムでライブ中継を行っていた。
彼らのターゲットは、重いそりを曳いた馬を競走させる「ばんえい競馬」だった。LIAは、馬の体と心を苦しめ、人間が賭け事を楽しんでいるとして、反対キャンペーンを行っていた。
「人が刹那の喜びを求めれば求めるほど、馬はあえぎ苦しんでいる。動物たちを利用するギャンブルはもう終わりにしよう!」
仲間にそう呼びかけていた。
ミミが「おはようございます!」「これから第3レースが始まります」などと視聴者に呼びかける。
太地ライブよりは再生回数が少ないが、「ばんえい競馬って、私たちが生きていく上で必要ですか?」「ひどい。なんて可愛そうな馬たち」「倒れて動かない」などと日本語や英語のメッセージが寄せられている。
ばんえい競馬は、明治時代の北海道開拓で盛んになった農耕馬にそりを曳かせるレースがルーツで、戦後は旭川市、北見市などでも行われていたが、今は公営競技としては唯一、帯広競馬場だけでのみ実施されている。
レースは、最高1トンの鉄そりを体重1トン前後の輓馬に曳かせ、途中2カ所に設けられた砂山の障害物を越える全長200メートルの直線コースで勝敗を争う。
騎手は途中、長い手綱の余った部分で鞭打ちを行って、「頑張れ」と馬に「気合」を入れながらゴールを目指す。
一時期、資金面で運営が苦しくなり、存続の危機が叫ばれたことがあった。しかし、インターネット販売が好調となって、2016年度から馬券販売額が急激に伸びた。21 年度には馬券販売額が500億円を突破し、過去最高を記録している。
しかし、競馬への批判は一方で高まっている。動物愛護運動が盛んになった欧州諸国を発端に広まってきた。馬に鞭打って走らせることは「動物虐待にあたる」。そして、人間の娯楽であるギャンブルに「馬の生きる権利が奪われている」─―。
すでに世界各国で、多くの団体が競馬をやり玉に挙げて、廃止キャンペーンを繰り広げている。
研究も進み、鞭打ちは「気合」どころではなく、馬を痛めつける行為に過ぎない、との学術論文も出てきた。
2020年5月、英紙『ガーディアン』は、馬は鞭で打たれたとき、人間と同じように痛みを感じているとする最新研究結果を報じた。シドニー大学教授のポール・マクグリービーのコメントをふまえ、こう伝えている。
「競走馬が鞭を感じない、またはその鞭の痛みに鈍感だという獣医師はいないだろう」
競馬は「動物福祉」に違反するのか?
日本でも同様だ。競馬に向けられる視線は厳しくなっている。
2021年5月には、全国50以上の動物愛護団体が「動物福祉という世界の潮流に反し、動物に苦痛やストレスなど多大な負担を強いる」として、ばんえい競馬の廃止を求める要望書を提出した。
「動物福祉」とはアニマルウェルフェアとも言われ、家畜を快適な状況に置いて、ストレスや苦痛が少ない飼育環境を目指す考え方で、日本政府も、世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関である「国際獣疫事務局(OIE)」に加盟していることから、普及に力を入れ、全国の農家に積極的な対応を促進している。
しかし「動物の福祉」は、究極的には人間が動物を利用することは許容しており、人間は動物を搾取したり、命をむやみに奪ったりしてはいけないとする「動物の権利」を訴える考え方とは相容れない場合がある。
レンもミミも、イルカを水族館のショーに用いてはならないという姿勢と同様、競馬の存在自体を認めていない。
レンも「僕たちはビーガンなんで、そもそも動物を人道的に殺すなんて認められない。殺すべきではない。アニマルウェルフェアの考え方自体が間違っている」と語る。
「動物の権利」を掲げる認定NPO法人「アニマルライツセンター」(東京)の公式サイトには競馬の問題点として、以下の説明を挙げている。
「育成馬のおよそ半分は競走馬になれずに、乗馬用の馬として引き取られた先で虐待を受けたり、食用馬として売られ屠殺されて馬肉となる運命です。競走馬になれてもケガや病気のリスクが高く、走れなくなるとほとんど治療されることはなく、成績が上がらず引退させられる馬とともに行く末はやはり馬肉です」
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