↑闘牛士のドラマを表現する情熱的な表情にも注目
いまやテレビや漫画などさまざまなメディアで取り上げられ、SNSで世界中のトップダンサーの動画を気軽に見られるなど、身近な存在になっている「社交ダンス」。
日本では10種目のダンスを社交ダンスと呼んでいますが、社交ダンスと一口に言ってもそのルーツは多種多様。どのような起源と歴史の上に現在のダンスがあるのか知ると、さらにダンスが面白く見えてきます。
※本稿は山本英美・棚橋健監修『1人で始められる、楽しめる! 社交ダンス入門』(辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
ヨーロッパに起源を持つダンスは意外と少ない
↑ドレスを美しく舞わせながら踊る「ヴェニーズワルツ」
日本で現在踊られている社交ダンスには、10種目のダンスが存在します。ワルツ(スローワルツ)、タンゴ、スローフォックストロット、ヴェニーズワルツ、クイックステップの5種目がスタンダード種目と言われ、男性が燕尾服を、女性がロングドレスを着て踊る種目です。
ルンバ、チャチャチャ、サンバ、パソドブレ、ジャイブがラテン種目と言われ、男性はぴったりとしたシャツなどを、女性は肩や脚が出る短い丈のドレスなどを着て踊る種目です。
ラテン種目はサンバがあるように、南米に起源を持つダンスが多そうなことはなんとなくわかるかと思いますが、ロングドレスで優雅に踊るスタンダード種目は、ヨーロッパの豪華絢爛なお城の舞踏会などで踊られているイメージがある人も少なくないかと思います。
ですが、現在日本で主に社交ダンスとして踊られているスタンダード種目のダンスの中でヨーロッパに起源を持つもの、それも舞踏会に所縁があるものは意外にも1つしかありません。それがヴェニーズワルツです。
ヴェニーズワルツは、19世紀初頭のオーストリアで生まれました。実はそれ以前の1750年代には「ヴェッラー」と呼ばれる、ワルツとかなり近いルーツを持った踊りがすでに存在していましたが、当時は宗教上の理由などから、男女が抱き合って踊ることはタブーとされていたため、その存在が国際的に認められることはありませんでした。
それから100年近くが経過して社会構造が変化したこともあり、世界中で社交ダンスが流行し始めます。1814年に開かれたウィーン会議では、「会議は踊る、されど進まず」の風刺が有名なように、舞踏会でダンスを楽しんでいたことがわかります。
また、スタンダード種目のワルツ(スローワルツ)はヴェニーズワルツがもととなって生まれたダンスです。ヴェニーズワルツのテンポが1分間に58~60小節なのに対し、ワルツは約その半分、1分間に29~31小節にまでテンポを落として踊ります「ズンチャッチャ、ズンチャッチャ」という3拍子で踊るヴェニーズワルツが弾むような軽快なステップなのに対し、ワルツは同じ3拍子でもテンポがゆっくりしている分、重厚でダイナミックな雰囲気が生まれます。
↑ダンサーのエレガントな表情にも注目したい「ワルツ」
そしてもう1つ、ヨーロッパに起源を持つダンスがあります。それはスペイン発祥のラテン種目、パソドブレです。
ラテン種目は多くの場合、男女の駆け引きや恋愛模様を表現するダンスですが、パソドブレはスペインを本場とする闘牛士と闘牛の闘いを踊りの中で表現している、ラテン種目の中でも異彩を放つ存在です。
一般的に男性は闘牛士(マタドール)、女性はダンスの中でケープ(闘牛士が持つ赤い布)やフラメンコダンサー、闘牛などの動きを表現しています。
パソドブレは、ラテン種目の中で唯一男性が主役であることも、リズム・ダンスではなくマーチング・ダンスであることも他の4種目とは大きく異なる特徴です。
行進曲ならではの音の強さに合わせた表現や、強弱の激しい切り替えは他のダンスにはない大きな魅力です。
↑闘牛士のドラマを表現する情熱的な表情にも注目
黒人奴隷の苦難と解放後の喜びを表現するダンス
↑「ルンバ」のもととなったとても官能的なダンス「ソン」
パソドブレはラテン種目の中で特異な存在でしたが、そのほかの4種のラテン種目はそれぞれアメリカや南米に起源を持ちます。
男女の愛の駆け引きをゆったりとした音楽に乗せて滑らかに踊るルンバは、19世紀初頭にキューバ・オリエンテ地方で踊られていた民族舞踊「ソン」がベースとなって誕生しました。
ソンは官能表現が非常に強いダンスで、クラベス(2本の棒状の木片を打ち合わせてカチカチと明るい音を出す楽器)やコンガ、マラカスといった原始的な打楽器のアンサンブルに乗せて、腰を左右に振るようなヒップムーブメントを主体に踊られていました。
チャチャチャもキューバに起源を持っています。キューバのヨーロッパ系音楽「ダンサ」から発展し、「ダンソン」「ハバネラ」「ボレロ」「マンボ」などを経て、1950年代前半にチャチャチャの原型が完成されました。
チャチャチャとルンバはどちらもキューバに起源を持ち、共通しているステップも多いため、似たダンスだと思われがちですが、その歴史的背景は全く異なります。
ルンバはキューバに連れてこられた黒人奴隷にルーツがあります。ルンバウォークという足を床から離さずに引きずるように動かす踊り方は、足に繋がれた鎖を引きずりながら歩く黒人奴隷の苦難を表現していると言われています。
一方でチャチャチャは奴隷制度から解放された後の陽気なイメージを表現し、ルンバに比べてテンポも速く、明るく楽しいコミカルなダンスです。ルンバがねっとりとした男女の駆け引きを表現するダンスなのに対し、チャチャチャはさながらトムとジェリーの追いかけっこのような、若い男女の陽気な駆け引きを表現するダンスです。
この違いには、歴史的背景やルーツの違いがあるのです。
↑若者の陽気で楽しい恋愛を表現