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ツキノワグマのウンコを食べてみた...研究者が語った「糞から漂う香しさ」

小池伸介(ツキノワグマ研究者)

2023年10月16日 公開 2023年11月16日 更新

 

クマは人間を食べない!?

ツキノワグマもヒグマも雑食性の動物である。北海道のお土産の、サケをくわえた木彫りのヒグマの印象が強すぎて誤解されがちだが、実は食べ物のメインは植物なのだ。ただ、植物には旬があるため、季節によって食べるものが違う。

クマの食べ物には地域差があるが、関東とその近辺のツキノワグマの食べ物はこんな感じだ。まず、冬眠明けは地面に落ちているブナ科の果実類(以降、ドングリとする)や、冬の間に死んだニホンジカの死体を食べる。その後、春になって植物の新芽が出たり花が咲いたりすれば、それを食べる。

しかし、植物の葉はそのうち硬くなって消化しにくくなる。そこで、初夏はサクラ(ヤマザクラやカスミザクラ)の実やキイチゴ類を食べる。マムシグサと呼ばれるテンナンショウ類も食べることがある。夏はアリやハチなどの昆虫も食べる。

夏から秋にかけては、さまざまな植物の実が実るようになる。そうなると、ウワミズザクラやオニグルミ、ドングリ、ヤマブドウや、サルナシと呼ばれるキウイフルーツの野生種も食べるようになる。

クマが人を襲うニュースが報道されるたび、クマは人間を食べる動物なのだとイメージされがちだが、原則として食べるために生きた人間を襲うことはない。ただし、死体は食べるかもしれない。

 

クマは冬眠中に出産する

クマは冬眠する動物として知られている。地域にもよるが、だいたい11月から12月ごろに冬眠を始め、翌年の3月から5月ごろに冬眠を終える。その間、クマは飲まず食わずで過ごし、妊娠したメスは冬眠中に1~2頭の子どもを出産する。冬眠中に生まれた子どもは、生後1年半くらいまでは母親と一緒に過ごす。

では、クマの繁殖期はというと、5月から8月である。この時期に交尾をするが、受精卵は晩秋に着床する。これを着床遅延という。もし、秋に十分な栄養を蓄えられなければ、受精卵は着床できないといわれているが、このあたりのメカニズムは多くが謎のままだ。

出産を冬眠中に飲まず食わずの状態で行うため、冬眠前に十分な栄養が蓄えられていないと出産できないような仕組みに進化したと考えられている。

 

ウンコ拾いの動機は「楽がしたいから」

私が通っていた東京農工大では、3年生になると研究室に配属され、それぞれが専門とする分野を学んでいくことになる。私は森林の生物の生態を研究する研究室に入った。自分なりに興味があったからだが、決して自ら進んで勉強をするほど熱心だったわけではない。まあ、不真面目な学生だったと思う。

だから卒論のテーマを決めるときも迷わず楽そうなテーマを選んだ。その時代は動物の糞分析をして何を食べているか、つまり食性を調べて卒論や修論を提出して学位を取っている人がいた。

「ウンコなんか調べなくても、動物が食事しているところを観察すれば何を食べているかわかるじゃないか」

当然そんな疑問もわくだろう。この方法ならどんなものを食べたかだけでなく、食べた量もわかる。ただ、クマのような野生動物の場合、森の奥深くで人目を避けて生活しているから観察ができない。当時は食性を調べるには、糞分析しか方法がなかったのである。

クマは先行研究が少なく、読むべき論文も少ない。クマの食性解析の先行研究を調べると、ウンコを2年で190個程度拾って、その分析を行った論文があった。しかもそれは修士論文である。この論文では飼育個体を使った栄養分析も行っていたが、そのころの私にとって大学院生は雲の上の存在だった。

修士課程の過酷さも知らず、当然ながら飼育実験の大変さもまったく理解していなかった(あとで嫌というほど思い知らされるのだが)。

そのため、自分が理解できる糞分析のページだけを見て、「修士論文の糞分析で190個なら、この数よりも多くウンコを拾って分析すれば、卒論なんて楽勝じゃね? 少なくとも単位は取れる」と、その程度の考えでひたすら拾いまくることにしたのだった。

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ウンコの味はリンゴジャム!?

著者紹介

小池伸介(こいけ・しんすけ)

ツキノワグマ研究者/東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授

名古屋市生まれ。東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院教授。博士(農学)。ツキノワグマの生態や森林での生き物同士の関係を研究。著書に「わたしのクマ研究」など。

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