イラスト・帆
若くしてツキノワグマの生態を解き明かす新発見を重ね、今や日本を代表するクマ研究者となった東京農工大教授・小池伸介氏。その原点は山梨県の山岳地帯で道なき道をさまよい歩いたクマのウンコ拾いの日々だった。
卒論のためにクマのウンコを夏の間ずっと捜し続け、やっと発見した9月。クマのウンコの回収、保管、運搬、そして分析のディティールがつまびらかに。未知の世界に体当たりで挑んだ一人の学生のフン闘記である。
※本稿は、小池伸介著「ある日、森の中でクマさんのウンコに出会ったら」(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
何でもかんでもメモが役に立つ
9月になって、ようやく拾えたというのは、季節的な側面も大きかった。よくよく考えれば、夏は気温が高いためウンコの分解が早かったのだ。また、9月になるとクマは冬眠に向けてカロリーの高いドングリを食べ始める。ドングリのウンコは粘土のようにどっしりしているため、分解されにくい。
同じ年の夏からは、クマに発信機を付ける調査も始めており、クマの行動範囲もようやく正確にわかり始めていた。何度も山に入ったことで獣道の存在が頭に入るようになってきたことも大きい。
山に入るたびに詳しいメモを残すようにしたこともウンコ発見に役立った。古林先生からは「何でもメモをしろ」とアドバイスされていたので、自分の歩いたところは全部地図に記録した。
当時はGPSがなかったため、山に入りながら周囲の状況をメモしたのだ。例えばここに獣道があったとか、この道の右手には濃い藪があったとか、ここにクマ棚があったとか、こんな木が生えていてこの木にはこんな爪痕が残っていたとか、どこでウンコを拾えたかなどである。
クマに関係なく、探検部の沢登りをしていたときの経験から、ここに〇mの滝があったとか、ここでこんな虫を見つけたとか、とにかく何でもかんでもメモしていた。
クマの心で探せば面白いほど見つかる
そうやってメモすることで、見えてきたことがあった。
クマのウンコは、快適なところで見つかるのである。
例えば木の下の少し平らなところ、見晴らしの良いところなどだ。クマは木の上で、枝をざっくりと編んでベッドを作ることもある。そんな場所の下でもたびたびウンコが見つかった。
よく考えたら、自分自身が山の中で用を足すときも、斜面の急なところでは踏ん張れないし、藪があると落ち着かない。しっかり食べて、ちょっとリラックスすると便意をもよおし、見通しの良い平らなところで踏ん張る。
「自分だったらどこでしたいだろう?」と考えることで、クマの気持ちも想像できるようになった。
徐々に養ってきたクマのウンコポイントを見る目が開いたとき、森の見方が変わった。最初の1個に出会ってからというもの、私は面白いほどウンコが拾えるようになっていったのである。
今でも木を見ると、まずは幹に注目して爪痕がないかを確認する。次に地面に落ちたものを見る。大きな枝が落ちていたら、ウンコセンサーが反応する。こんなものが下に落ちているのは明らかに不自然だからだ。
穴を掘った跡も、どんな動物が掘ったかが気になってしまう。ウンコ欲しさにクマの気持ちになりきると、山を歩くときに注目するポイントが変わるのだ。
その反面、クマがいるはずのない東京と埼玉の都県境の狭山丘陵ですら同じポイントに注目してしまう。もはや深刻な職業病といっていい。