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何年も留年してた学生が一流企業に...専門医が語る「ADHDのポテンシャル」

岩波明(精神科医/昭和大学附属烏山病院病院長)

2023年10月25日 公開 2024年12月16日 更新

 

成人期ADHDの治療方針

成人期ADHDの治療の前提として、受診者本人が(A)自分自身の行動特性を理解する、(B)行動特性を肯定的に受け止める、(C)行動特性の変化に立ち向かう意欲を持つ、以上の3点が重要である。

治療は学校や職場などの環境調整に加えて、薬物療法、認知行動療法などの心理社会的治療法を併用するのが基本方針とされている。ただし現実には、ADHDに特化した心理社会的治療を行っている医療機関はわずかしかない。

また精神科クリニックなどの診療機関では、時間的余裕がないため、十分に診断的な評価を行わないまま投薬のみを継続している例もしばしばみられている。

しかしながら、成人期のADHDにおける治療においては、目の前にある問題のみならず、幼少期から特性を抱えていたために経験した数々の困難さや、それに基づく心理的な辛さについても幅広く把握する必要がある。

不注意、衝動性、多動性といったADHDの特性は、学校や職場での失敗体験、叱責体験につながりやすい。小児期においては、「言うことを聞かない困った子供」とレッテルを貼られやすい。

特に衝動性による問題行動を起こしやすい者では、思春期・青年期に、「反抗挑戦症」「素行症」に進展し、「DBDマーチ(破壊的行動のマーチ)」の形を取ることや、逆に自責的となり、不安、抑うつが強くなって不登校や引きこもりの形を取ることもある。

青年期まで大きな問題なく成人期に受診に至った者においても、自らの特性のために何らかの「傷ついた体験」を抱えていることがあり、それが二次障害に関連している可能性に留意しておくべきである。

 

「心理教育」がまず必要

ADHDの治療において、まず必要であるのが「心理教育」である。心理教育においては、疾患の症状、経過、治療などについて基本的な知識を医療スタッフが説明し、理解を促すこととなる。一部の当事者はすでに必要な知識を身につけているため、基本的な説明は不要なことがある。

もっとも、心理教育という特別なメニューを提供している医療機関は多くはないため、ほとんどの場合、外来の担当医がADHDの特性について説明を行うことが一般的である。当然ながら、医師はADHDについて豊富な治療経験を持つことが必要であるが、現状では必ずしもそうではない。

成人期のADHDの場合、小児思春期の患者と比べると、多動性が生活上・職業上の問題に直結することは少なく、主に不注意・集中力の障害、衝動性と関連した問題が中心となる。

当事者が、これまでの不適応が自らの特性に基づくものであることに気づくことは、自己評価の回復のための大切なプロセスでもあるとともに、治療の第一歩である。しかし、ADHDの人は自らを客観視することが困難であることが多いことに加えて、ADHDの存在そのものを認められないことも少なくない。

 

グループの力を利用する

診察場面では一般論よりも、実際に起きたエピソードから本人の特性に基づく困り事を具体的に抽出し、問題点と対策を話し合う作業を繰り返すことが必要である。

例えば、仕事や学校に繰り返して遅刻する人の場合、その原因を一緒に検討をする。その中で、「いつも夜更かししがち」「前日に次の日の用意をしていない」「朝の支度に時間がかかる」などのその人個人の問題点がはっきりしてくるので、対処方法が検討しやすくなる。

注意の障害や、時間感覚の障害に関しては、スマートフォンのスケジューラー機能、アラーム機能の活用が推奨される。

家庭や職場における環境調整においては、空間配置や音響対策の工夫などにより、注意力を保ちやすい環境を作ることが重要である。このためには、配偶者・家族や、職場の上司・関係者などへの説明や協力の要請も、大事な要因である。

当然ながら上記のような対処方法の前提として、当事者本人が回復へのモチベーションを保つことが重要である。すぐれた対処方法を実践する場合においても、当事者の継続する意思が予後を左右する。

このような意味合いから、通常の外来治療や個人精神療法には限界がみられ、グループの力を利用した集団精神療法は効果的である。

 

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