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韓国一尊敬を集める企業家の卓抜な理念、製薬会社ユハン

奥野明子(甲南大学経営学部教授)

2012年07月26日 公開 2022年06月08日 更新

世界的に見ても長寿企業が多いといわれている日本。本稿では、お隣韓国の代表的な長寿企業である株式会社柳韓洋行 (ユハン)を取り上げ、甲南大学経営学部教授の奥野明子氏が、その理念と長寿企業となった秘訣に迫る。

※本稿は、『PHP Business Revew 松下幸之助塾』(2012年7・8月号)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

 同族経営とは一線を画す柳韓洋行

 

長寿企業への関心が高まって久しい。日本に長寿企業が非常に多いことは、最近よく知られるところとなったが、お隣の国、韓国についてはどうだろうか。

本稿では、創業86周年を迎える韓国の代表的な長寿企業、株式会社柳韓洋行 〈ユハンヤンヘン〉 (Yuhan Corporation、以下ユハン)に注目し、創業者の生い立ちや経営哲学、同社の企業理念、ユニークな経営上の特徴について述べる。 

サムスンやロッテといった韓国大企業にみられるように、多くの韓国企業においては、その経営権は直系の親族によって担われ、継承されることが知られている。

しかしながら、ユハンの創業者柳一韓 〈ユ イルハン〉 氏は、みずから創業したユハンの経営権に関して、引退後は親族に一切継承させなかった。

それだけではなく、「社会から得たものは、すべてそれを生みだした社会に還元すべきである」として、遺言により孫娘への教育資金と自身の墓地用の土地だけを除いて、すべての財産を韓国の教育と福祉のために寄付した。

現在、創業者の哲学に基づいて経営されているユハンは、韓国能率協会が毎年選定する「韓国で最も尊敬される企業」で全体企業の5位、製薬業界では9年間連続1位を受賞するほどの優良企業である。

 

 正直・公平を貫く稀有な理念

1.「正直な納税」を掲げる経営理念

製薬会社ユハンは、1926年に柳一韓氏によってソウル市鍾路 〈チョンノ〉 区に設立された。現在も本社は創業の地にある。現在、従業員数1515名、2011年の売上高6792億ウォン、経常利益490億ウォンであり、売上ベースでは韓国同産業内第4位に位置する。

主要な取扱製品は医薬品(約70%)および原料医薬品(約17%)であるが、歯ブラシやシャンプーのような生活品(約10%)のほか、動物薬品もわずかながら取り扱っている。設立初期には、アメリカから医薬品を輸入し国内で販売することを行なっていた。

ユハンは漢字で柳韓洋行と記すが、洋行とは貿易や商社を意味する。現在でも国外からの輸入販売が主な事業である。一方、古くから自社で生産・販売し、韓国国内で広く知られる製品としては、アンチプラミンという軟膏薬がある。 

 

会社のシンボルマークは柳の木であり、柳の木が青々と茂るように、さまざまな逆境にも負けずに国民の健康向上に尽くしてきた模範企業を意味し、さらなる繁栄を願う意味もこめられている。

すでに述べたように、1926年アメリカから一時帰国した柳一韓氏は、日本の支配下にあった祖国の悲惨な現実を見て、「健康な国民のみが教育を受けることができ、またそのような国民のみが国を救うことができる」と確信し、祖国において製薬会社を創設した。

付け加えれば、配偶者である胡美利氏が中国系小児科医師であったこと、またすでに食品卸会社をアメリカで設立し成功していたことも、韓国において製薬関連の事業を手掛ける要因となったと考えられる。

苦しむ同胞を助けるためには健康と教育が重要だとして設立されたユハンは、次のような経営理念を掲げる。

<ユハンの経営理念>
 ・最もよい製品の生産
 ・正直な納税
 ・企業利益の社会還元

正直な納税は、ユハンの経営にとって非常に重要であり、現在も次のようなエピソードが語り継がれている。

1960年代の韓国社会で、政治家に対する企業からの政治献金や賄賂といったものが頻繁に行われていたころ、柳氏はそのような行為に対し断固として拒否する姿勢を貫いた。それが気に入らなかった政権は、必ず何か出てくるだろうと目論み、税務査察を徹底的に行なった。

当時は、企業の納税がきちんと行われないのが常であったからである。しかし、ユハンへの査察からは何一つ、不正は出てこなかった。このことに驚き感服した政府は、ユハンに対して銅塔産業勲章(産業部門第3位の勲章)を、納税の日に授与したということである。

2.トップの席が全員に開かれる「非血縁者経営」

偉大な創業者をもつユハンは、現在でも他の韓国企業にないユニークな経営上の特徴をいくつか備えている。その1つは、非血縁者による経営である。

遺言についてふれたところでも述べたが、柳氏は孫娘の教育資金と、みずからの墓とするわずかな土地を除いたすべての財産を、韓国社会および福祉支援基金(現ユハン財団)に寄付した。ユハンの経営について、一切を家族・親族には譲らなかった。この方針は現在まで受け継がれている。

ユハンの現在の経営者は金允燮 〈キム ユンソプ〉 氏であり、同氏は1976年5月に入社して以来、現在まで36年間ユハンに勤務している。長いあいだ営業の現場を経験し、そこで主に顧客である医療関係者たちのニーズとユハンの企業理念をつなぐ努力をしてきたという。

1926年に設立されたユハンは、設立10年後の36年には株式会社となった。個人会社としてではなく株式会社化することを柳氏は意識していたが、その背景には、「会社は個人のものではなく社会のもの」という同氏の哲学があった。

さらに1962年には、韓国製薬会社の中では最初の上場企業となった。69年には柳氏は経営の最前線から身を引き、血縁関係のまったくない趙權順 〈ジョク オンシュン〉 氏に譲り渡した。これによって、先ほど述べた柳氏の哲学は、よりいっそう明確に引き継がれることとなった。

非血縁者による経営は、ユハンで働く従業員にとって2つの大きな意味を持つ。1つは、オーナー経営者のような独断的な意思決定による弊害を最小化し、経営が広くすべての構成員によって行われるという意識を醸成することにつながる。

実際、ユハンにおいて経営に関する情報は広く公開されており、現場の一人ひとりが経営状態を知り、それに対して意見を述べることができるようになっている。

もう1つは、ユハンのトップのポジションが社内の全員に対して開かれているというメッセージとなることである。筆者が行なったインタビューで入社後6年になる男性社員が次のように語ってくれた。

「柳博士(社内では柳氏のことをこのように呼んでいる)が亡くなられて以来、わが社では専門経営者体制になっており、すべての経営者が公式採用された中から社長となっています。

そのようなリーダーを見て、自分もこの会社で長期的に勤務をしたいと思います。自分がそのようになれるという夢を抱いているところです。これは韓国の他の会社の雰囲気とはかなり違っていると思います。私たちの会社の特徴と言える点です」

サムスンやロッテといった私たちがよく知っている韓国企業では、家族による世襲制が主流であり、後継者への継承問題が日本社会でもしばしば報道される。ユハンはそのようなこととは無縁であり、すべての従業員にトップにつながる昇進の道が開かれている。

3.労働者と使用者が協力しあう「労労関係」 

ユハンの持つもう1つの経営上の特徴は、社内用語で「労労関係」と言われるものである。

 言うまでもなく一般的には労使関係と言われるが、これは労働者と、それを使う者=管理する者を意味する言葉である。これに対し「労労関係」は、労働者を使う使用者は存在しないことを意味する。
(以下略)

 

【奥野明子PROFILE】
甲南大学経営学部教授
1970年生まれ。大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程終了。博士(経営学)。大阪経済法科大学経済学部助教授、帝塚山大学経営情報学部准教授、教授等を経て、2012年4月より現職。専門分野は組織論、人事管理論。著書に『目標管理のコンティンジェンシー・アプローチ』(白桃書房、2004年)がある。

 

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