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「雇用、雇用、雇用」との決別を

若田部昌澄(早稲田大学教授)

2010年11月08日 公開 2022年08月17日 更新

「雇用、雇用、雇用」との決別を

 9月14日、民主党の代表選が終わり、菅直人首相が代表に再選された。翌日から財務省は為替介入を開始した。

 民主党の支持率は上がったものの、政策に対する支持はほとんどないという状態である。この内閣がどこまでもつのかは正直不確実だ。なによりも今回の代表選の原因である参議院議員選挙敗北の結果は変わっておらず、国会は「ねじれ」状態だ。また代表選に敗れた小沢一郎氏の一派は徹底的に除外され、民主党党内の結束にも疑念が残る。

 通常、政局が出ると政策は引っ込む。しかし、今後の連立の可能性もあるなかで菅首相がどういう政策を打ち出すかはきわめて重要だ。というよりは、現職最大の強みは政策で存在感を示せることだ。ここで政権として強いメッセージを出すことが大事だろう。

 人々の「景気対策」への要望は強い。

 少し前になるが、内閣府が毎年実施している「国民生活に関する世論調査」が6月3日~20日に実施した調査では、政府に対する要望事項について、「医療・年金などの社会保障の整備」が69.6%、2番目は「景気対策」で前回比6.8ポイント増の69.3%であったという。「医療・年金などの社会保障の整備」はここ7年ほどトップの常連だが、「景気対策」は過去最高の割合だという。

 期せずして民主党代表選と同じ9月14日、トルコのアンカラでインタビューに応じたアンヘル・グリアOECD事務総長は、世界経済の先行きについては「回復は減速しているが、景気の二番底はない。たんなる回復の減速だ」と楽観視しながらも、「日本は例外だ。日本は10年間にわたりデフレと格闘しており、状況が異なる」と述べた。

 景気後退の懸念が高まっている現在、当然景気対策は優先度が高くなる。円高介入の開始はよい兆候である。

 もっとも、前回述べたように、結局のところ問題なのはデフレであり、重要なのは金融政策である。

 よく、現在の円高はかつてほどの円高ではない、という意見がある。これは日本でデフレが進行しているために実質的な為替レートはさほど円高ではないというのだ。

だが、これは、デフレの進行を前提としている。デフレが問題であり、解決できるという観点が徹底されるべきだ。そうみると現在の為替レートを是正するとしても、金融緩和を伴わなければ短期的に終わる。それどころか仙谷由人官房長官が介入直後の談話で「82円が防衛ライン」と漏らしてしまったため、これ以上の手を打たなければ、82円を目標として再び円高に向かう可能性すら残る。

いま必要なのは菅氏の代表再任を機に、民主党が経済政策運営の基本方針を見直すことだ。第一に、景気対策の抜本的見直しだ。しかし、これまでどおりの景気対策では効果が小さいだろう。これまでの日本の経済政策では「景気回復か改革か」の二つに議論が揺れつづけ、しかも景気対策というと財政政策ばかりが取りざたされてきた。

 現在、円高対策として補正予算の作成という声が上がっている。これは円高対策としてはむしろ逆効果である。というのも財政政策だけを発動することは、円高圧力を増すことになるからだ。

 菅首相はこれまで、雇用を軸にして経済を活性化すると論じてきた。だが、特殊な理論モデルを信じるのでないかぎり、この議論には実証的根拠が乏しい。本当に雇用を重視するならば、首相は国民の生活を預かる政治家として、この種の議論とは決別すべきである。

 もっとも、手段としての財政政策に有効性がないといっても、これは金融政策と併用したときの有効性まで否定しているわけではない。要として金融政策の支えがあれば、財政政策には生きる道が出てくるだろう。

 経済政策運営の「司令塔」も構築すべきだ。

 海江田万里氏が経済財政担当大臣に就任したものの、経済財政諮問会議が開催されるかどうかは不明である。もしも開催されないのだとしたら、海江田氏はたいへん手持ち無沙汰なことになるだろう。どこかに経済政策について意見を集約し、閣僚・政府機関に伝達する場所が必要だ。

 ことに国家戦略室を局に格上げするとしたら、経済財政諮問会議の意義は薄れてしまう。しかし、諮問会議には、経済関係閣僚だけでなく、日銀総裁も参加できるという大きな利点がある。政府と日銀の緊密な協力が必要ないまこそ、諮問会議を再活用することを考えるべきである。

 そうした諮問会議や別のルートを用いて何を議論すべきか。今回日銀は、代表選まで完全に日和見を決め込んだ。また為替介入で日銀は「非不胎化」しているという報道がなされている。日本語としてわかりにくいためか議論は混乱している。じつをいうと、いまの仕組みでは財務省が為替介入に必要な介入資金を市中から調達するため、普通であれば経済全体のマネーの量は増えない(不胎化)。ここで日銀が金融緩和を行なって、全体としてのマネーの量を増やすことを非不胎化という。

 金融緩和には、本来日銀の金融政策決定会合が必要なので、現時点では本当に金融緩和されているか定かではない。報道が間違っている可能性もある。

 仮に金融緩和をしていないとしたら政府もなめられたものである。金融緩和に向けて政府はできうるかぎりのことをすべきだ。次回の金融政策決定会合で日銀執行部が「現状維持」を提案してきたら、内閣は議決延期請求権を行使すればよい。それでも金融緩和をしないのであれば、諮問会議でのインフレ目標の提案、そして、日銀法改正の検討といった道をとるべきだろう。

 首相は危機を好機に変えることができるだろうか。首相に残された時間は少ない。

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