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なぜ中国人に「サイゼリヤ」は人気? 元社長が、赤字のまま20店舗も出店したワケ

堀埜一成(サイゼリヤ元社長)

2024年07月01日 公開

なぜ中国人に「サイゼリヤ」は人気? 元社長が、赤字のまま20店舗も出店したワケ

個人消費低迷、原価高騰、人手不足など苦境の外食業界において、安さとおいしさで人気を集めているのが、イタリアンレストランチェーン「サイゼリヤ」です。サイゼリヤは1500以上の店舗のうち、約3分の1を海外店舗が占めているなど、アジアを中心に、海外進出に成功していることでも知られています。

国内で有名なチェーン店の多くが海外展開に苦戦しているなかで、なぜサイゼリヤはうまくいっているのでしょうか。2009年から2022年までサイゼリヤの社長を務めた堀埜一成さんの視点で解説します。

※本稿は『サイゼリヤ元社長が教える 年間客数2億人の経営術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。

 

裏路地の上海1号店からひっそりスタート

サイゼリヤの海外店舗は現在485店。その内訳は、香港を含む中国が432店、台湾21店、シンガポール32店です(2023年8月期)。海外出店は上海からのスタートで、2004年に1号店ができました。

そのときは、サイゼリヤ海外進出に私は直接タッチしていないのですが、それを推進したのは、私が味の素に勤務していたときの元上司で、私をサイゼリヤに誘ってくれた人でした。彼はもともと海外経験が長い人だったので、中国への展開は当たり前のように考えていたのかもしれません。

海外1号店が北京ではなく上海になったのは、おそらく、上海のほうがサイゼリヤ向きの立地が多いと考えたからではないでしょうか。サイゼリヤは雑踏の中こそふさわしいのですが、北京は立派な表通りばかりで、それらしい裏路地があまりありません。最初から賃料の高い一等地ではなく、一・五流や二流の立地から始めたいと考えていたサイゼリヤにとって、上海のほうが選択肢が多かったのではないかと思います。

とはいえ、記念すべき海外1号店の立地はひどすぎました。こんなに薄暗いところに本当にお客さまが来るのかなと思っていたら、案の定、ほとんど人は来ませんでした。はじめての海外出店ということで、当初は、サイゼリヤにしては高めの値づけをしていたのがよくなかったようで、オープン初日こそ地元の偉い人が来たり、獅子舞が踊ったりして賑わっていたものの、次の日から客足はまったく伸びなかったそうです。

そこで少しずつ値下げをしていったのですが、ちっとも反応はありません。店舗数は5店まで増えていきますが、どこも盛況とはほど遠い状況です。

最終的に、しびれを切らした会長の「ちゃんと値下げせえ」という鶴のひと声で当初価格の6割引き、7割引きまで一気に値下げしたところ、ようやくドカンと火がついた。お客さまが押し寄せて、入店待ちの行列が100メートルも並んだという話です。

 

20店舗までは赤字覚悟で我慢する

値下げで爆発的に売れたので、同じような価格帯で出店攻勢をかけ、そこからは順調に客数も伸びていきました。しかし本部費用や初期投資を計算に入れると完全な赤字でした。何とか黒字になったのは、上海の店舗数が20を超えた頃でした。店単位で考えると黒字なのですが、全社ベースで黒字になるには多くの店舗が必要だったのです。

ところが、たいていの日本企業は、1、2店舗出して利益が出ないと、さっさと撤退してしまう。店舗以外に本部コストが乗っているわけで、当面、赤字なのは当たり前なのにもかかわらず、です。逆にいうと、1号店、2号店を出しただけで利益が出るようなら、中国の模倣店がすぐ近くに出店して、あっというまにレッドオーシャンです。

投資した資金が右から左に消えていくような状況に、どこまで耐えられるか。企業としての胆力が試される局面です。幸いなことに、味の素出身の元上司も私も海外経験が長かったので、ちょっとやそっとのことでは動じません。

さらに、サイゼリヤという会社がもともと「利益を出す」ことにうるさくないことも奏功しました。日本の本社から「早く黒字化しろ」とせっつかれても、できないものはできないのです。それができるようになるには、ある程度の規模と時間が必要だということです。

 

露骨にマネしてくる模倣店を駆逐する

サイゼリヤが値下げを断行し、急に客足が伸びて、店の前に行列ができるようになると、すぐに模倣店が登場しました。ひとつ繁盛店が生まれるとあっというまに模倣店が出てくるのが、中国という国の現実です。

模倣店の多くは、かつてサイゼリヤで働いていたメンバーが関わっていました。お客さまとして店に来ただけでは、キッチンなどの見えない部分や管理方法、教育方法もわかりません。それらを盗みとるために短期間働き、情報を得たらいなくなるようです。現在でも、そのようなことをおこなっている経営者がいると聞いています。

したがって、値段もメニューもそっくりな店ができてきます。私たちも模倣店の様子を観察に行きましたが、模倣だけではなく、内装などはサイゼリヤよりきれいにつくられており、内装にあまりお金をかけていないサイゼリヤの弱点が補強された店になっています。

しかしながら、そうした模倣店も、数店舗では利益は出ません。資金力に余力のない模倣店はインフレによるコストアップには耐えられず、次第に商品単価を上げざるを得なくなっていきました。

模倣店はやがて、ピザハットの価格帯に落ち着きました。中国のピザハットの値段は決して安くありません。どちらかというと、デートに使う高級レストランに近いイメージです。

中国のサイゼリヤは、ピザハットの4割くらいの価格帯を維持するように心がけていた――中国で商売するときは細かな価格調整が必要なので、そのベンチマークとして、グローバル大企業であるピザハットの値づけを参考にしていました――ので、それと同じくらいの価格帯のイタリアンレストランは、サイゼリヤにとってもはや競合ではありません。逆に、イタリアンレストランの市場を広げてくれる協力者でした。中国で成功するには、資金力が非常に大きな武器のひとつになると考えています。

 

著者紹介

堀埜一成(ほりの・いっせい)

サイゼリヤ元社長

1957年富山県生まれ。京都大学農学部、京都大学大学院農学研究科修了。81年味の素に入社。87年ブラジル工場へ出向。98年同社発酵技術研究所研究室長。2000年サイゼリヤ創業者・正垣泰彦に口説かれサイゼリヤ入社。同年、取締役就任。2009年代表取締役社長に就任。2022年退任。食堂業と農業の産業化をミッションとし、 13年の在任期間でサイゼリヤ急速成長の基盤づくりを行うと共に、店舗省エネ、作業環境の改善、工場品質の安定化、食材加工技術の基礎研究、脳波による嗜好研究など、独自の感性で会社の進化を牽引した。

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