作家の有川真由美さんは「どんな人でも、日ごろの小さな習慣によって"好かれる人"になれる」と語ります。本稿では書籍『なぜか好かれる人の小さな習慣』より、「気配りのできる人」になる習慣についてご紹介します。
※本稿は、有川真由美著『なぜか好かれる人の小さな習慣』(毎日新聞出版)を一部抜粋・編集したものです。
話の輪に入れない人がいたら「○○さんはどう?」と話を振る
"気配り上手"な人は、まわりの人を幸せにしてくれます。
まわりに目を配って、いろいろなことに気づき、さっと手を貸したり、物事がスムーズに進むように先回りして手を打ったり。視界が広く、さまざまな人の立場になって考えることができるので、やさしさと、安心感があるもの。だれからも感謝され、好かれて、人間関係が円滑になることはいうまでもありません。
そんな「気配りのできる人」が自然にやっている習慣について、お伝えします。好かれる人を見ていて、特徴的だと思うのは、自分が楽しんでいるだけでなく、「まわりの人も楽しんでいるか?」をちゃんと見ているということです。
だから、話の輪に入れない人がいたら、タイミングを見て「○○さんはどう?」と声をかけます。話のなかに、だれかが知らない情報が出てきたら、「いま話した△△は、こういうことで......」と補足説明をしてくれます。孤独を感じる人がまわりにいないように、自然に気を配っているのです。
意識すればだれでもできることですが、自分の話に熱中していたり、仲のいい人だけで盛り上がっていたりすると、そんな人がいることには気づきません。
でも、だれもが一度は経験したことがあるはず。「みんなは楽しそうにおしゃべりしているのに、自分だけが蚊帳の外」という取り残された状況がどれだけ辛いことか。そんなときに「あなたも入って!」と輪の中に招き入れてくれる人は、ありがたく、"神"のような存在に見えてしまう。当然、好意と敬意をもつでしょう。
話に加われない人がいたら、「○○さんはどう?」「どう思った?」などと振る習慣をもつだけで、みんなが心地いい空気ができていくのです。
相手が断りやすいようにして誘う
人を飲み会やイベントなどに誘うときに、あえて「都合がよくないときは遠慮なく言ってね」などとひと言添えて断りやすくしてくれる人は、やさしい気遣いを感じて、ほっとします。「当日、参加するのがむずかしければ、メッセージだけの参加もあるよ」などと選択肢を与えてくれるのも、心が軽くなるものです。
「誘うこと」は、あくまでも誘う側の都合や判断。ほんとうは、だれでも断る権利があるのに、いざ断ろうとすると、心理的な負担が大きいのです。気の弱い人は断ることに大きなプレッシャーを感じたり、無理して合わせたりすることもあります。
だから、誘われる人の気持ちを汲んで、「断っても大丈夫」と軽く誘い、断りやすいスペースを用意してあげられる人は、安心できて、人気があるのです。誘うときにやってはいけないのは、断りにくくして誘うこと。それほど親しくない相手に誘われて「その日は予定があるんです」とやんわり断ると、「じゃあ、いつなら空いている?」となぜか行くことが前提になっていて、逃げ道を塞いでしまう。
「明日、暇?」と言って誘うのも、相手は「時間はあるけど、なに?」と戸惑うもの。「なんで?と相手に考えさせること」はストレスをかけること。誘い方が強引な人たちは、「人の気持ちを想像できない人」という印象を与えてしまいます。
ある友人は数か月に1回、いきなり「いま出張で近くに来ていて明日帰るんだけど、ランチできる?」と連絡してきます。しかし、それは彼女なりの気遣い。
急な誘いは「残念。明日は用事があるの」と断りやすいのです。彼女は何週間も前から相手に予定を入れさせて、負担をかけることに抵抗があるのでしょう。あくまでもダメ元で誘ってくるので、誘われる側も気楽で、行けるときは喜んで行く。気楽に誘い、気楽に応じられる関係であれば、気持ちのいいつき合いが続いていくのです。
5分以内でできる「小さな親切」をちょこちょこする
人に好かれる人は、みなとても親切です。相手が身近な人でも、通りがかりの人であっても、だれかが困っていたら、「それ、私がやりますよ」「手伝います」「任せて!」と助けるし、それに対して感謝や見返りがなくても気にしません。
人のためにあれこれと尽くし、自分の時間や労力、ときにはお金を使っても「損をした」という考えもありません。ただ、シンプルに「喜んでもらえて、よかった」と、人のためになにかできることが嬉しいのです。
しかしながら、人間関係は「ギブ&テイク」だと考えて、お礼や見返りの行動があるのが当然と思っている人もいます。そんな人は利害関係がうまく回っているうちはいいけれど、バランスが崩れると、途端につき合いもなくなってしまうのです。
定年後に人が離れていって「在職中はあんなによくしてあげたのに恩知らずだ」などと言っている人は、当時から見返りを期待したつき合いをしてきたのでしょう。定年後も慕われたり、尊敬されたりしている人は、まわりから「新人のころに、親身になって仕事を教えてもらいました」「ずっと気にかけてアドバイスをもらいまし
た」などと感謝される"一方通行の親切"をしているものです。
親切な人というのは大げさなことをするのではなく、「自分にできる範囲のことを、あたりまえにやっているだけ。感謝されるほどのことではない」という感覚です。無理や我慢をした途端、「あんなにやってあげたのに」となるもの。
相手の負担にも、自分の負担にもならない、5分以内でできる小さな親切を、ちょこちょこするのがいいのです。少し手を貸す、情報を提供する、声をかける、ついでの買い物をする、人を紹介するなど、5分でしてあげられることは意外に多くあります。「お礼なんかいらない」と爽やかに立ち去る格好いい人でありたいものです。