尚子さんに抱かれるむぎ(♀)。現在1歳8カ月
土の上に瀕死で横たわっていた子猫を、ひとり農家の尚子さんが病院へ担ぎ込んだのは、2024年6月のこと。「名前はむぎにします。踏まれても立ち上がる子になるように」......診察室で、獣医さんに告げた言葉通りに、いま、むぎは成長しました。
日本中が猫への愛であふれる「2月22日」猫の日。障害をものともせずたくましく生きる猫、難病を抱えながらも家族の愛に包まれて暮らす猫、ペットロスの家族を救った猫、認知症の犬を献身的に支えた猫、人間なら128歳の年齢まで生きた猫......奇跡みたいな"ふつうの猫"たちの、感動の実話を集めた書籍『猫は奇跡』(佐竹茉莉子著/辰巳出版)に掲載された、カラスに突かれて大怪我を負い、行き倒れていた子猫「むぎ」のその後の物語をお届けします。
治療完了!

大怪我を負っていた包帯時代
「よおく頑張りました!」
女性獣医師の声が診察室に響いた。笑顔に囲まれて、むぎはわけがわからず、目を見開いている。初めてここに担ぎ込まれたのは夏の暑い日。季節は巡って春になっていた。
あの日、カラスに突かれたむぎの右後ろ脚は骨だけとなり、右前脚は曲がり、お腹には大きな穴が開いていた。長い通院が続いた。感染症を防ぎながら、骨だけになった後ろ脚に新しい肉をつけていくため、包帯がグルグルと巻かれた。そして、9カ月たったこの日、ついに治療完了。晴れて包帯もエリザベスカラーもなしの身になったのだ。

治療終了の日のむぎ(写真提供・尚子さん)
「むぎは、とにかくめげない子。わらお兄ちゃんに飛びかかってしばかれても、思うように体が動かせなくても、飛び回ってました」と、尚子さん。生来のやんちゃ娘気質と思われた。
次々と現れる猫

キャットウォークに上れた日(写真提供・尚子さん)
最初に保護した「つな」と出遭ってからこの5年近くで、出荷場周りで見かけたり、農家仲間の家に救いを求めてきたノラの子を保護したのは、10回をゆうに超えた。現在も、譲渡先募集中が家に4匹いる。
「保護活動を始めたつもりでも、肚が決まったわけでもないんです。ただただ、目の前の消えそうな命をそのままにはできなかった。それだけです。手をつないでくれる仲間や、つらい思いをした猫たちが前を向いて生きていく姿に元気をもらいながら」

現在のむぎ。右後ろ脚は投げ出す形で座る。後ろの破れ障子はむぎのしわざ(写真提供・尚子さん)
いまやむぎは、新入り子猫たちに自分から「遊ぼう」と誘う元気いっぱいのお姉ちゃんである。子猫がやってくるまでは、尚子さん手作りのキャットウォークに先住のつなやわらが上るのを下から見上げているだけだったが、新入りたちが挑戦するのを見て、自分も挑戦してみたら、できた!尚子さんに「見て見て!」と自慢する、そんな場面が積み重なっていく。誰よりも飛んだり跳ねたりしているむぎの目はいつも好奇心でキラキラしている。

まだ包帯を巻いているが、先住のわら先輩と互角にプロレス(写真提供・尚子さん)
手ごわい新入りねねがやってきて、わら先輩をパシッとはたいたことがあった。繊細なわらは押入れに背中を向けて立てこもった。そんなわらのそばに寄り添っていたのが、むぎだった。
みんな、ふつうに生きている

出荷場裏で保護された後輩猫もめんと(写真提供・尚子さん)
「仲間の真似をしてできることが一つ増えて喜んだり、仲間を思いやったり、強気に出てみたり、しょげたり。ハンディがあるなしなんて関係ない。先輩にしてもらったことを後輩にしてやって、みんなふつうに生きてます、ひたすら前だけを見て」
今日も、むぎは、後輩保護猫たちを相手にプロレスごっこでハッスルしている。障子を破ってチビたちの通り道も作ってやる。右前脚は麻痺しているはずなのに、教育のために後輩の頭を押さえこんだり、隣の子の食べているフードボウルを引き寄せたりと、自在に使いこなしているではないか。

後輩ももと。このあとももはいいご縁があり、建具屋さんにもらわれていった(写真提供・尚子さん)
「うちの猫社会を回しているのは、むぎです。踏まれても踏まれてもめげない暴れん坊に育ってくれました。むぎを見てると、『これしき』とどんな試練も乗り越えられそう」と、尚子さんは笑う。
むぎの治療のために、みんなの気持ちが集まって作った「むぎ基金」は、「かざねこ基金」と名前を変え、出荷場周りの猫たちのために使われていく。







