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生き方

僧侶・酒井雄哉さんが語る「悩みとの向き合い方」

酒井雄哉(天台宗大阿闍梨)

2016年11月15日 公開 2022年12月27日 更新

酒井雄哉

苦しいときは、ジタバタしたって仕方ない

僕は、50年前に、栃木県の佐野というところにいて、勤めていたパチンコ屋が潰れてしまい、失業状態になったことがあるんだ。食べるものもなくて、毎日1本ずつ牛乳を飲んでいたんだけど、それも買えなくなってきて、1合くらいの牛乳を4日くらいに分けて飲んでいたんだ。

けれど、そんな生活も、いよいよ持ちこたえられなくなってね。誰かに電話をかけて助けを求めればよかったんだけど、電話をすると、手元に残っていた全財産である10円もなくなるから、すってんてんになってしまい、生きていけなくなってしまう。

だから、誰かに迎えにきてもらおうと思って、悪いと知りつつも、10円で切符を買って、知り合いのいる池袋まで行ったんだ。駅の改札まで、迎えにきてもらったんだけど、駅員さんはもちろん、迎えにきてくれた人にも、ひどく怒られたね(笑)。

そのあと、いろいろあって大阪に帰ってきたんだけど、住民票がずっと佐野に置いてあったことを忘れていたんだ。あとで佐野に取りに行ったら、「住民票はもうありません」と言われてしまった。

びっくりして、「確かに、ここにいたんですよ」と言って住民票をつくってもらったら、もらった住民票にはバッテンがついてたんだ。だから、僕は一時、住所不定にまでなってしまっていたんだ(笑)。

僕はそのころ、生活をするのに必死だったからね。「いかにしてお金を稼ぐか」ということしか考えてなかったし、そんなことで、ずっと悩んでもいた。

だけど、そんなこと考えたって、ダメなんだよ。ジタバタしても、どうにもならないときは、どうにもならないんだなあ。結局、時が解決してくれるのを待つしかない。

最近、佐野の付近を、立派な車に乗せてもらいながら通ったんだ。

街の風景を見ながら、「ああ、50年前は、自分はひどかったな。仕事も住所もなかったな」なんて思ってね。

あれから50年生きてきたら、自分がお坊さんになってしまい、昔の自分が歩んでいた人生とは、全然違うものになった。当時は、そんなこと想像もできなかったよ。

やっぱり、人生、長生きしなきゃダメだね(笑)。つらくても、そこを耐えしのいで、コツコツやっていけば、いい人たちとの出会いやチャンスが必ずやってくるんだから。

 

チャンスは必ず巡ってくる

悩みがあって苦しいときには、なかなかわからないかもしれないけれど、世の中は絶えず変化しているんだから、苦しい時期はいつか必ず去っていき、新しいチャンスが訪れるものなんだよ。

大昔の話なんだけど、昭和8年のお正月に、うちの母親が、僕の服を買いに行こうと言ってくれてね。デパートが特に華やかだった思い出のあるころで、あこがれの三越へ行って、洋服と靴を買ってくれたんだ。

だけど、洋服の袖は長いし、ズボンは大きいし、靴なんかサイズが大きすぎて先が丸まっていて、ミッキーマウスの靴みたいでね(笑)。

僕はもうそれが嫌で嫌でしょうがなかったんだよ。その服を着て外へ行くのが嫌で、ゴネてね。

そしたら親がなにを言うかと思ったら、「なに言っているんだ。心配しなくたっていいんだ。そのうちにオマエは大きくなるから、そのころにはちゃんと服に体が合うから」と言ったんだよ。それを聞いたら、よけいに嫌になってしまったんだよ。

そんなことがあったなんて、もうずっと忘れてたんだけど、千日回峯行で京都市内をぐるぐる歩いているときに、若者たちがダブダブの服を着ているのを見かけてね。

「僕が小さいころに嫌だ、嫌だと思っていた格好を、あの子たちは、なんでしているんだろうな。今の子は、よくあんな変な格好で平気で歩いているな」と思ったんだ。

「よっぽどひねくれている子たちなのかな」と思って、いっしょに歩いている人に「見てごらんよ、かわいそうに。あんな格好をして、ダブダブの服を着て、靴なんか、踵潰して変なもん履いてる」と言ったら、「なに言ってるんですか。あれが、今のファッションですよ」と言われて、「ヘェー!」と思ってね。本当にビックリしたんだ(笑)。

75年くらい前に、自分が「恥ずかしい」と思っていた格好が、おじいちゃんになってみたら、それが「カツコいいスタイル!」と言われる時代になってしまったんだからね。

流行が変化するように、世の中は、いつどういうふうになるかわからないんだ。今ダメだからといっても、ずっとダメな時期が続くとは限らない。世の中はぐるぐると回っているのだから、今はダメだと評価されているものも、いつか求められる時代がくるよ。

そのときこそ、いいアイデアがあったら、ピョーンと飛び出せるんだ。どんな人にも、必ずチャンスは巡ってくるものだからね。

 

著者紹介

酒井雄哉(さかい・ゆうさい)

比叡山飯室谷不動堂長寿院住職、天台宗大阿闍梨

1926年、大阪府生まれ。太平洋戦争時、予科練へ志願し、特攻隊基地・鹿屋にて終戦。戦後、職を転々とするがうまくいかず、比叡山へ上がり、40歳で得度。約7年かけて4万キロを歩く荒行「千日回峯行」を80年、87年に2度満行。その後も国内外各地への巡礼を行っている。
主な著書に『ムダなことなどひとつもない』(PHP研究所)『一日一生」(朝日新書)などがある。

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