[自己観照]1週間でどこまで人間は変われるか
2012年11月09日 公開 2023年01月06日 更新
自分を観照して、みずからを知る。そのための一つの手法として開発された内観法は、創始者・吉本伊信の信仰的努力に端を発した心理療法だ。独自性があり、かつ長年の実践から評価も高い。
この内観は今、従来のメンタルヘルスを目的とするのみならず、経営者の自己啓発、さらに社員のビジネス研修にと応用が広がってきているという。吉本伊信氏の直弟子であった北陸内観研修所所長・長島美稚子氏に内観の現状と効果を伺ってみた。(聞き手本誌編集長・渡邊祐介)
※本記事は、雑誌『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』(20112年9・10月号』掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。
内観法創始者・吉本伊信の試みとビジネス研修への応用
─ 正式な内観は具体的にはどのように始めるのでしょうか。
現在、内観ができる施設は病院を含めますと全国40カ所にのぼり、やり方はおおよそ同じだと思います。まず電話で問い合わせて、相談者のだいたいの状況を伝えます。それで、始めるとなると、私どもの場合、日曜から翌週の日曜まで7泊8日の予定で入所していただきます。初日はガイダンスのあと、即、個々に内観をしていただきます。
具体的には、私どもの施設では個別に和室に入ります。部屋には衝立があって、内観者はその奥で、自由な姿勢で思索をします。思索といっても自由に瞑想をするわけではありません。思索の順番が決まっていて、最初は無理のないかぎり母親に対する自分を〝調べる〟ことから始めてもらいます。
母親が終われば、次は父親、配偶者、祖父母、兄弟姉妹、子ども、知人、恩師、上司、部下、取引先などこれまでの人生において自分と関わりの深かった人について、関わりの深い順に1人ずつ調べるわけです。
それぞれの人について、3つの観点から年代を区切って、自分はその人にどう接したかを調べていきます。3つの観点とは、〈してもらったこと〉〈して返したこと〉〈迷惑をかけたこと〉です。月曜日からは朝5時に起きて夜の九時まで、その間に10回の面接があります。面接者の役割は先ほどの質問項目に対して答えられるかどうかをお聞きするわけです。
─ “調べる”と言われますと、ついつい参考書や年表で調べるような印象を受けますが、そういうことではなくひたすら思い出すわけですね。
はい、そうです。内観者は何も見ずにただ思い出すことに専念するわけです。それも、単に思い出を思い浮かべるのではなくて、先ほどの3項目に集約して思い出していただくのです。
遮断療法ですから、窓もありますが外を見ないように、また集中するためにとなりの部屋の人やすれ違った人とも言葉を交わさないようにしていただいています。携帯電話ももちろん使用できません。朝は5時起床、夜は九時になったら布団を敷いて寝るだけです。散歩も敷地内に限っています。
─ なぜ母親から調べるのですか。
母親については1週間で最低2回は調べていただいています。それはやはり人間関係の基本は母親にあるからです。それにおおむね母親に対して迷惑をかけたことがいっぱいあるので、そこをきちっと調べることによって、自分自身の心の奥底を突き詰めていける。親に対する「甘え」を追究するのが初歩の内観です。
─ 内観による効果は何でしょう。劇的に変わる方もいらっしゃいますね。
さまざまな面でよく言われていることを挙げますと、教育的効果としては、不登校が改善するとか、親との葛藤が解消し、自立できるようになります。また心理的に抑うつに対して効果があり、生きている実感を味わえる。対人関係が好転し、意欲的になり、精神的な安定や成長が得られると言われます。もっと端的に言えば、自分自身に素直になります。「本来はこうしたい」ということが、いろんな絡みでできなくて、自分に嘘をついて納得していたのが、内観によって、「自分はこうしたいんだ」という思いが自然と湧いてくるんです。それでときには自分に目覚めるということもあるわけです。
顕著な事例では、16歳から暴力団に入り、あらゆる犯罪に手をそめて13年も刑務所で服役してきた親分が、内観によって別人のようになり、刑務所内から組の解体を宣言、出所後も贖罪の人生を歩んだという話があります。不登校の子どもや、非行少年が劇的に変わったということも多いです。
(中略)
ビジネス研修としての内観の応用
─ 内観が近年、ビジネス研修に応用されていると伺っていますが、方法は変わるのでしょうか。
ビジネス研修の場合も基本は同じです。母親などについて調べてから、内観の主題として(自分がきょうまでしてしまった)「嘘と盗み」について調べてもらいます。
それから、もう1回母親について調べて、その後に選択テーマとして「上司」とか「部下」というふうに調べていきます。
─ 研修の効果としてはどのようなことがありますか。
内観していくと、自分自身がよく失敗することとかうまくいかないこと、そして成長できる部分というのが見えてくる。自分の行動のパターンが分かったりするんです。
たとえば、大切なお客様に対して、重要な情報をきちんと伝えなければいけない状況にあるとします。厳しい内容で、もしかしたらお客様は怒るかもしれない。納得していただくためにいかにうまく言うべきか葛藤するわけですが、どうしても言えない。それがなぜか内観を通して調べてみたら、幼少時の父親との関係に原因があるのかもしれない、ということが分かったりするわけです。
ですから、ビジネス研修だからと上司や部下という主題で調べるよりも、もっと人の心の根っこの部分で、母親とか父親についてくり返し調べたほうがいいという意見が多いのです。
─ 研修として注意すべきことはありますか。また、経営者の方で内観をされるのはどのような事情なのでしょうか。
会社の制度として、昇進する人全員に内観をさせる経営者もいますし、単独で実践しに来られる方もいます。二代目経営者の方などは、先代から引き継ぐ予定だけれども、周りとちょっと歩調が合わないので葛藤しているという人、自分自身にコンプレックスを持っていて、はたして自分がトップになっていいのかと悩んでいる人などが来られます。
長島美稚子
(ながしま・みちこ)
北陸内観研修所所長
1957年、富山県生まれ。大谷大学卒業。内観法創始者・吉本伊信の助手であった長島正博と結婚後、夫とともに吉本のもとで助手を務める。’85年、夫とともに北陸内観研修所を開設。2010年より所長。日本心理臨床学会会員、内観医学会会員、日本内観学会会員、臨床心理士。年間約300人の内観研修生を面接。
著書に『内観で〈自分〉と出会う』(春秋社、夫との共著)がある。
北陸内観研修所ホームページ http://www.e-naikan.jp/