パーキンソン病をも改善させるダンスの魔法 健康でいたいなら下手でも踊れ!
2025年06月03日 公開
アートは変革をもたらす力強い存在だ。音楽、絵画、映画や演劇に夢中になり、自分のなかで何かが変化したように感じた経験はないだろうか。
アートは数えきれないほど多様なかたちで心と体を癒してくれる。
アートは日常生活を根本的に変える力を秘めている。体とメンタルヘルスに関わる健康上の深刻な問題に働きかけ、驚くべき効果を発揮する力がある。スーザン・マグサメンとアイビー・ロスのお二人に解説して頂く。
※本稿は、スーザン・マグサメン,アイビー・ロス著、須川綾子訳『アート脳』を一部抜粋・編集したものです。
「スタジオでは魔法みたいなことが起きるの」
世界で1000万人以上が罹患しているパーキンソン病(PD)は、運動に関わる貴重な能力に支障をきたす。バランスや動作の協調性が損なわれ、震えやこわばりなど、さまざまな身体的困難を引き起こす脳疾患である。多くの場合、症状は徐々に現れ、時間の経過とともに進行する。一般的に、歩行もかなり困難になる。
ところが、パーキンソン病の患者がダンス・フォー・PDに参加すると、驚くべきことが起きる。これはニューヨークのブルックリンに拠点を置くマーク・モリス・ダンスグループが主催するパーキンソン病患者のためのダンス教室だ。
明るい照明のスタジオで行なわれるレッスンでは、パーキンソン病の患者たちがフラダンスとタンゴを踊る。フォックストロットを踊り、ボックスステップを踏むこともある。
そしてその間は震えが治まっている。歩行も改善する。教室に着いたときはほとんど歩けなかった参加者が、表現力豊かになめらかに動けるほど体がほぐれる。
「座り込んで体のことばかり考えるんじゃなくて、とにかく動くようにしている」。作家でパフォーマーのパトリシア・ベベ・マクギャリーは、ある動画のなかでダンス教室での経験についてそう説明する。「スタジオでは魔法みたいなことが起きるの」。
症状を一時的に抑えられたパーキンソン病患者にとっては魔法のように感じられるかもしれないが、これは神経化学に基づく生物学的な事実にほかならない。ダンスは大脳基底核、小脳、運動野を含む脳の複数の領域にまとめて働きかけることができるのである。
パーキンソン病患者にとっての体重移動、協調、リズム...
ダンス・フォー・PDは2001年に始まり、インストラクターたちは効果を目の当たりにした。そして8年もしないうちに、ダンスがパーキンソン病患者にとって有効な理由を詳しく解き明かす科学的研究が始まった。ダンスをすると歩行が改善された。
また、震えが軽減し、病気によって乏しくなった顔の表情にも改善が見られた、とデヴィッド・レヴェンタールは言う。彼はプログラムの開始当初にダンスを指導したインストラクターの1人であり、現在はダンス・フォー・PDのディレクターを務めている。
研究では、ダンス教室で見られた運動の改善がどれだけ有意で計測可能であり、またもっとも重要な点として、教室の外でもその状態を継続できるのか、もしくは再現できるのかを追跡した。
2021年に3年にわたる長期的研究の結果が発表され、最初に発見されたことが裏づけられた。この研究では、週に1度ダンス教室に通う32人のパーキンソン病患者を追跡した。すると、ダンス教室の参加者はまったくダンスを行なわない患者と比較した場合、運動障害の程度が軽く、発話、震え、バランス、こわばりに関係する分野において有意な改善が見られた。また、気分や生活の質が改善したことも報告している。
別の研究では、ダンスを行なう患者の脳波を測定したところ変化が認められた。さらに、筋肉の滑なめらかな動きをコントロールし、リズムとの協調を可能にする大脳基底核において、血流の増加も確認された。
「すり足で歩き、自分の歩き方について何も考えていなかった人たちが、教室では自分の動きと、自分がなぜそんな動きをしているのかということを急に意識し、考えるようになっていました」とデヴィッドは説明する。「ダンスは自分の動きの状態に注意を向けるきっかけになったのです。繰り返し練習することで、動作がまた自動的に行なえるようになっていく。
つまりどうやら、ダンスをすることで脳が回路を新しくつなぎ直し、動作を自動的なものにする効果があると思われます」。
音楽によって活性化される領域は数多く存在するが、運動野もその1つだ。
曲のリズムに心が高鳴り、踊ろうと思うときに活性化する。あらゆる種類のダンスに共通するのは、体重移動、バランス、空間移動、振幅、協調、リズムと音楽性、ストーリー、表現、言葉といった要素から成り立っていることだ。「そして偶然にも、こうしたことはパーキンソン病患者にとって有効な要素なのです」とデヴィッドは言う。
タンゴが効果的なのは、バランスや体重移動に集中し、パートナーとの関係で自分のバランスがどこにあるのかを意識する必要があるからだ。また即興で踊るため、自分とパートナーが次にどちらに動くのか、つねに認知的選択を行なわなければならない。
ただし、このような特性は西アフリカのダンスやモダンダンスにも見られ、フラダンスでもすべて行なわれている。「だから、タンゴだけが優れているというわけではなく、私たちは指導者として、パーキンソン病患者にいちばん効果的な要素を引き出すようにしています」とデヴィッドは言う。
ダンスがパーキンソン病の脳をサポートすることについて調べたこれらの研究を通じ、神経科学者たちはダンスが万人に効果的なメカニズムについて理解を深めつつある。
彼らはダンスが血流や脳波の活動を増加させ、ドーパミン、オキシトキシン、セロトニン、エンドルフィンという快楽に関わる4つの神経伝達物質の分泌を促すようすを解析している。
さらに別の研究では、ダンスによって実行機能、長期記憶、空間把握に関わる脳の領域を中心に、新たな神経連絡の構築が促されることが明らかになっている。







