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「これは私の話だと思った」多くの人が『虐幸のくるちゃん』の親子関係に共感する理由
娘に理想の姿を求める母親と、そんな母親の期待に応えようとする娘……
息苦しい親子の関係性を描く漫画『虐幸のくるちゃん』(木陰ひな田/講談社)に、「これは自分の話だと思った」という共感の声が数多く寄せられています。
『虐幸のくるちゃん』は、なぜこれほど多くの人の心に届いたのか。作者・木陰ひな田さんに、想像を超えた反響への思いや、読者に届けたいメッセージについて伺いました。
「こんなに共感されるとは思わなかった」読者から届いた反響

──くるちゃんに感情移入して、「これは自分の話だ」と思いながら読んでいる方が多いのかなと、SNSなどを見ていて感じます。そういった反響について、作者としてはどのように受け止めていますか。
【木陰】一番最初に思ったのは、「こんなに共感する人がいるんだ」という驚きでした。もちろん、そういう人はいるだろうなとは思っていたんですけど、まさかこんなに感想を書きたくなるくらい共感して読んでくれるんだ、というのは衝撃でした。
喜んでいいのか分からないですけど(笑)、正直ここまでとは思っていなかったですね。担当さんがどう思っていたかは分からないですけど。
──編集担当さんにもお聞きしたいですね。どうでしたか?
【編集担当】 僕も正直、ここまでいるとは思っていなかったです。
ただ、連載前のネームを若い部員にも読んでもらっていて、その中でも「これは自分の話だ」とすごく共感してくれる人はいました。
でも、それが世の中にこれだけたくさんいるというのは、正直想像できていなかったですね。
──読んでいると、「身に覚えがあるな」と感じるシーンが本当にたくさんあります。だからこそ、ここまで反響が広がったのも納得なのですが、作者や編集者としては想定外だったのですね。
【木陰】 そうですね。読んでも感想までは書かないかな、くらいに思っていたので、そこは意外でした。
親を責めたいわけではない

──子どもの立場で読んで、くるちゃんに感情移入する方が多いと思うんですけれども、その一方で、「親として、くるちゃんのお母さんみたいになりたくない」と思う部分もありました。
【木陰】どうしても、「自分もくるみのお母さんになっているかも」という怖さを感じる方もいると思うんですけど、 私は、親の立場の人たちに「戒めとして読んでほしい」とか、「自分を省みてほしい」という気持ちは全くないんです。むしろ「自分もくるみだったかもしれない」と思ってほしいですね。
自分が親になった今でも、自分の中にはくるみのように傷ついている部分があるのかもしれない、くらいに思ってもいいんじゃないかなって。その方が、傷を受け入れた状態で、子どもと向き合えるんじゃないかなという気がしています。
何も分からないままでいると、世代間連鎖といいますか、また自分の子どもに同じことを繰り返してしまう可能性もあると思うので。だから、自覚することは結構大事なんじゃないかなって思っています。
自分の弱さや苦しかったところをちゃんと受け入れてあげるために、この作品を読んでもらえたらいいなという気持ちはあります。
みんな何かしら傷を抱えて生きているので、お母さんたちを責めたいという気持ちは本当に全くないです。
──そう言っていただけると安心します。夕飯を作らず成城石井のオードブルを買って帰るエピソードは、身に覚えがあってドキッとしたので(笑)。
【木陰】成城石井は担当さんも気に入ってくれていています(笑)。
──すごくリアルですよね。
【編集担当】そうですね。一話目はディテールの細かさが本当にすごくて。中でも、成城石井はお気に入りの一つです(笑)。
一緒に伴走する作品になれたら

──くるみちゃんに共感しながら読んでいる読者の方にとって、この作品がどんな存在になったらうれしいですか。
【木陰】一緒に伴走するような作品になれたらうれしいなと思っています。
明るい漫画ではないですし、読者の背中を押したり、引っ張っていったりするような作品ではないという自覚はあるので。
だからこそ、せめてくるみと一緒に伴走して、「一人じゃないかもしれない」と思ってもらえる作品になれたら、それが一番うれしいですね。









