断ると不機嫌になる人にどう接する? 大切な「境界線を引く」人づきあい
2025年06月20日 公開
お互いの境界を守ることで、いい関係を保ち、心おだやかでいられます。本記事では、公認心理師の上野恵利子さんが、相手との間に「線」を引くことの大切さについて語ります。(取材・文:キムラミワコ)
※本稿は、『PHP』2025年5月増刊号の著者の連載「自分をケアする練習」より抜粋、編集したものです。
他人の機嫌が悪いのは、あなたのせいじゃない
私は離婚をきっかけに、44歳で看護師になりました。3人の子供を育てながら看護学校に通い、資格取得後は精神科で働きました。病棟では、同僚や患者さんから次々と用事を頼まれ、定時で帰れない日々。心も体も疲れ果て、できないことはできないと言える自分になりたくて、心理学を学び始めました。さまざまな思考法を学ぶなか、アドラー心理学の「課題の分離」を知りました。
この理論は、目の前にあることは自分の課題か、他者の課題かで境界線を引きます。上司や友人、家族などによって境界の領域は変わりますが、どのような関係性であっても、相手の領域に立ち入ってお節介をやいたり、責任を背負い込んだりする必要はないのです。
私は看護師時代に患者さんからよく買い物を頼まれていましたが、断ると相手が不機嫌になることがありました。自分が断ったから相手はイライラしているのだと思い込み、頼みごとを断れずに残業が増えていきました。相手と自分の境界線があいまいになっていたのです。
頼みごとを断られて不機嫌になるのは相手の課題で、機嫌を直すのも相手の課題です。それを自分のせいと思って機嫌を取ろうとしたりするのは、境界線を踏み越えています。頼まれたことを引き受けるかを選択するところまでが自分の課題なので、それはやりたいことか、できるのか、そうでないのか、自分の気持ちや状況を優先して判断すればいいのです。
断られてどう思うかは相手の課題ですが、そっけない返事や回りくどい断り方をすると、相手が誤解し、関係に影響する場合があります。良好な人間関係を築くためには、境界線を意識したうえで上手な断り方を身につけることが大切です。
たとえば、同僚から仕事を頼まれて断りたいときは、「申し訳ないけれど、急ぎの仕事があるからできない」と、「できない」ということを、事情やお詫びの一言を添えて率直に伝えます。あるいは、「あの人は今手が空いているようだから頼んでみたら」「ここまでなら手伝える」といった代替案や譲歩を示せると、角が立たずに済みます。
相手の立場や状況も踏まえつつ、言葉を選びながら自分の意見を伝えることは、自分の領域を守ることにもつながります。境界線を意識して断れるようになると残業は減り、断ったからといって関係が悪くなるようなこともありませんでした。
自分が頼みごとをする場合もあるでしょうから、普段から周りの人と持ちつ持たれつの関係を築いておくと理想的です。精神科の病棟では、日ごとに担当する患者さんが異なり、症状の軽い人が多い日もあれば、介護の必要な人が多い日もありました。私は、自分の負担が大きい日に周りの人に「手伝ってほしい」と頼みやすいよう、同僚から応援を頼まれたときは、できるだけフォローするようにしていました。
言葉を声に出すと、本当の気持ちに気づけた
私は心配性で、新人看護師のころは、仕事を進めるたびに「これでいいですか?」と先輩に確認していました。しかし、いつも「マニュアルを見て」のひと言で片づけられてしまい、何も言えずに不安な気持ちを抱えたままでいました。
そこで私は、「これでいいですか?」ではなく、どのように言えばよかったかを書き出し、それを声に出して読み上げるようにしていました。自分が話す言葉を自分で聞くことによって、考えや感情に気づくことができます。これは医学用語で「自己分泌」を意味する「オートクライン効果」というもので、ビジネスでも広く活用されている手法です。
私は伝えたい言葉を練習するなかで、先輩に「大丈夫だよ」と背中を押してほしかったことや、マニュアルを読んで疑問に思っていたのに、先輩に言えていなかったことに気づきました。相手の反応に不満があるのは、そもそも自分が相手に何を求めているのかを自分自身がわかっていないからだったのです。
自分がどう発言したらよかったかを練習すれば、同じような場面に出くわしたときに、主張ができるようになります。「マニュアルを読んで私なりに考え、このような看護がしたいと思っています」と先輩に伝えられるようになってからは、傷つくことが減りました。
漠然とした不安は、書き出すことで解消できる

私は誰かの役に立ちたくて、看護師という職業を選びました。ただ、患者さんを支えようと一所懸命になりすぎて、「こんなにしてあげているのに」としんどくなることがよくありました。「してあげているのに」というのは自己満足なのに、境界線を越えて相手の領域に踏み込み、自分の気持ちを押しつけてしまっていたのです。
そんなふうに人と適切な距離が取れないときは、自分と相手のやり取りを書き出すといいでしょう。そこでは、相手の発言や表情、自分はどんな気持ちになりどう答えたか、次はどうしたらいいかといったことを書いていきます。
これは看護学校の実習で使う、看護師と患者の会話や行動を記録する「プロセスレコード」を利用したものです。書き記すことで事実と思い込みを分けて考え、他者との関わり方の癖や傾向に気づけます。
私は就寝前に考え込むと眠れなくなってしまうので、翌朝の通勤電車でスマートフォンのメモに打ち込んでいます。少し時間を置くことで冷静になり、より柔軟な考え方ができるようになっているようにも思えます。
いやだったことばかりを書いて余計に落ち込むときは、うまくいった場面も書いてみるといいでしょう。書くのが苦手な人は、音声入力でも構いません。「反省会」ではなく「作戦会議」と前向きにとらえると、楽しみながら取り組めます。
自分の思考や感情を声に出したり書き出したりすることは、気持ちを整理できるシンプルな方法です。漠然とした不安が膨らむのを抑えられるので、ぜひ実践してみてください。
【上野恵利子(うえの・えりこ)】
公認心理師。大阪府生まれ。精神科の看護師として13年間でのべ3000人以上の患者と関わる。日本アンガーマネジメント協会公認講師。現在は、病院や企業向けの研修や講演、個人カウンセリングを行なう。著書に『「心の回復力」の高め方』(KK ロングセラーズ)がある。
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