キーエンスはなぜ脅威の超高収益を上げられるのか?「性弱説経営」の真髄
2025年07月15日 公開 2025年09月02日 更新
ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『キーエンス流性弱説経営 人は善でも悪でもなく弱いものだと考えてみる』(高杉康成著、日経BP)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
キーエンスの経営

キーエンスは一流企業というイメージが広くあります。時価総額は2025年6月現在で10兆円を大きく超え、主には、ファクトリー・オートメーション(FA)関連のセンサ、測定器、画像処理機器などの開発・製造・販売を手掛けています。特徴はなんといっても平均年収の高さで、2,000万円を超えると言われています。
キーエンスの新商品は約7割が世界初か業界初の製品のようです。会社全体の営業利益率は50%を超えていて、高い収益性を誇ります。生産は自社で行わず、協力会社で製造を行ういわゆるファブレス方式を採用しています。
そのような会社がどういった経営指針に導かれているのか、気になる方は多いはずです。本書の内容は経営指針だけでなく、有益なノウハウも多く、読者に新たな知恵を授けてくれます。それぞれの方針の背景にある考え方は、タイトルにもなっている「性弱説」だと著者はいいます。その内容について、次章より説明をしていきます。
性弱説経営とは何か
性弱説について考えるために、まずは性善説について改めてふれておきます。本書における性善説は、人はみな本来善人であり、正しく聞けば正しいことを話してくれ、正しく指示すれば何でもできる、というような考え方を指しています。この性善説は多くの会社が仕事の前提にしているようにも感じられます。
一方で性弱説は、人は本来弱い生き物なので、難しいことや新しいことを積極的にはやりたがらない、目先の簡単な方法を選んでしまいがち、ということを表します。
ここまで見てはっとしてしまう人もいるでしょう。仕事における社内でのトラブルは、本書の表現する性善説で人に期待をして、性弱説で言われているような出来事を見て、期待を裏切られた、ということが背景になりやすいものです。
また、上長の指示がわかりにくい、経営の方針がわからない、というようなトラブルの原因も性善説で経営層が発信したものだったからと思えば整合がつきます。
本書では性善説がうまく機能するのは、仕事の難度も求める成果も普通、すなわち難しくない領域に限るといいます。つまり、何もアドバイスや手伝いをせずに自主性に任せておいても成果が出るのは難度が高くなく、求める成果もほどほどという場合だけになるのです。
では、仕事の難度が高い場合や求める成果が高い場合にどうするか。そこで性弱説が求められます。期待するほどの成果が得られないかもしれない、失敗するかもしれない、と考えて準備をすることで期待する成果に近づけます。キーエンスでは「人を効果的に動かす」「情報は質を高める」という考え方をします。
キーエンスの営業管理・業績評価
本書の中からキーエンスにおける性弱説の応用事例として、営業管理と業績評価についてふれていきます。
営業において、「どうして顧客の予算状況を聞いてこないのか」という指摘が商談後にマネジャーからなされた例が紹介されています。このケースではマネジャー側は、案件の受注可否を決める大事な要素は顧客側で予算を確保しているかにあると考えていました。
しかし、商談をしたメンバーは、きっちり商談を具体化することを優先したため、予算の確認まで時間を取ることができず、商談後にマネジャーから怒られました。マネジャーの視点では、その案件では予算状況を聞いてくることが当たり前と考えていたのに対して、メンバー側はしっかり商談をしてきたつもりで、予算状況を聞くことが大事ならあらかじめ教えてほしかった、と感じたそうです。マネジャーが性善説でマネジメントをした結果、認識のギャップが生まれてしまったのです。
キーエンスでは商談の際は事前事後報告を行うとルールが定まっています。上長との打ち合わせを商談前後にはさんでいるため、上述のような認識ギャップが起こらないのです。性弱説の発想で仕事を組み立てているからこそ、営業で圧倒的な実績をあげることができるわけです。事前面談では面談シナリオ、面談資料、個人スキルを確認します。商談の設定には様々な苦労があるため、その一件の商談を大事に扱っている様子がうかがえます。
キーエンスには業績評価でも工夫があります。一般的には個人の業績評価をする際には、営業部門であれば予算達成率を主な指標にすることが多いでしょう。ただ、その指標だけに偏ると、期初に設定する予算を下げることで、予算達成率が上がりやすくなってしまいます。つまり、評価の仕組みを予算を下げるという形でハックできてしまうことが問題です。これでは素直に頑張った人がむくわれず、公平ではありません。
この点でもキーエンスは性弱説のアプローチをしていて、予算達成率の他に、前年実績からの伸び率や、絶対的な金額水準も考慮しているといいます。このルールの下であれば、中小企業向けの営業をしている人は前年実績からの伸び率を上げやすく、大企業向けの営業をしている人は金額水準が高くなりやすくなります。また、様々なセールス担当が努力しやすい項目があって、成果が上がりやすくなっています。
このような工夫をすることで、組織論でよく言われる2:6:2の法則、すなわち優秀で頑張る人2割、普通の人6割、できない・やらない人2割のうち、真ん中の6割の人が上位の2割に近い行動をするようになり、組織の業績を高めることにつながるのです。
人材不足の時代における性弱説経営の意義
潤沢に採用ができていた時代は、社員の主体性と才能にかけて、負荷をかけた仕事を全社員に課した後、成果を出す一部の優秀層のみを出世させていく、というモデルで会社が成り立っていたかもしれません。
しかし、人口減少トレンドになり、新卒で優秀な社員が豊富に採用できなくなったため、採用できた一人ひとりを効果的に育て成果を出させる仕組みが求められるようになりました。
ブラック企業のような性悪説だと息苦しいですし、マネジメント側もメンバー側も負担が少ない性善説だと成果の達成力が弱くなるかもしれません。キーエンス流の「性弱説経営」は、1分単位の日報があったりしてそこまで徹底してやるのか、と思ってしまうこともありますが、特に営業や商品企画担当の成果を出しやすくする工夫がちりばめられているようにも感じました。
企業が発展する基礎は堅調な業績や成長にあります。できれば根性論に走るのではなく、効率よく業績を高めたいと願う人も多いでしょう。『キーエンス流性弱説経営』は、高い業績と成長を効率よく実現するために、どのような工夫をほどこすべきか、思想から具体的なノウハウまで豊富に詰め込まれています。悩める事業マネジャーやセールスパーソンにぜひお勧めしたい一冊です。







