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新1万円札の顔 なぜ渋沢栄一が注目されるのか?

2012年12月07日 公開

本郷陽二(作家、幸運社代表)

渋沢栄一

<<新1万円札の肖像画として渋沢栄一を用いることが発表された。なぜ渋沢栄一はここまで注目されるのか? PHP新書『渋沢栄一 巨人の名語録』よりその理由を探る。>>

※本稿は本郷陽二著『渋沢栄一 巨人の名語録』(PHPビジネス新書)より一部抜粋・編集したものです。
 

渋沢の言葉が重みを持って迫ってくる

経営の神様といわれるP・F・ドラッカーは、人材や技術などを活用して新しい時代を創り出したことで、明治維新を高く評価していた。そして、そのリーダーである渋沢栄一を称賛している。「渋沢は思想家としても行動家としても一流である」と。

渋沢栄一は近代日本の発展のために力を尽くした巨人である。幕末から明治、大正、昭和と生き抜き、彼が関与した企業は、金融、製紙、紡績、保険、運輸、鉄道など多岐にわたり、その総数は500にのぼる。しかも、みずほ銀行、東京証券取引所、東京ガス、王子製紙、太平洋セメントなど、今も日本を代表する大企業が多数含まれている。

さらには、一橋大学、東京女学館、日本女子大学、早稲田大学、二松学舎大学、聖路加国際病院、東京慈恵医科大学付属病院、日本赤十字社などの設立にも尽力している。

渋沢はよく「日本資本主義の父」「日本近代化の父」などともいわれるが、どのような形容詞を使ったとしても、彼が残した偉業をたたえきることはできないだろう。

さて、渋沢栄一の人生を眺めてみると、武蔵国榛沢郡血洗島村(現在の埼玉県深谷市血洗島)で誕生している。生家は畑作や養蚕と藍玉の製造などを手がける豪農で、渋沢も家業を手伝い、14歳になると藍葉を仕入れるために単身で長野や新潟へ出かけたという。また幼い頃から勉強を好み、7歳で『論語』を読んでいたという。

やがて江戸へ出て、儒学を学びながら、北辰一刀流の千葉道場に入門した。勤皇の志士たちと親しくなり、一時は長州藩と連携して倒幕を計画。しかし従弟に説得されて計画は断念した。

だが、親族に累が及ばないようにと勘当され、その後、一橋家家臣の推挙で、一橋家に仕えることになった。

こうして渋沢の人生は急転回し、1867年には徳川慶喜の弟・昭武に伴ってパリ万国博に派遣されることになる。万国博には西欧の国々が蒸気機関、電信・電気などの最先端科学の成果を出品していた。このときに見聞したヨーロッパの事情が、渋沢の人生に大きな影響を与えたのである。

帰国すると、大隈重信に説得されて民部省(後の大蔵省、現・財務省)へ入省し、大蔵権大丞(現在の次官)にまで出世する。財政の整備と行政の大改革で手腕を発揮したが、陸海軍の予算削減の主張が通らずに辞職。その後は、実業界に転じると、日本最初の銀行である第一国立銀行を創立するなど、日本の近代化に尽力した。

財をなし地位を築いた人が最後に求めるのは、この世に名を残すことだという。そのために自伝を出版したり、誰に望まれたわけでもないのに銅像を建てたりもする。しかし、渋沢はそんな欲を超越していた人物だった。新聞や雑誌に成功談を請われても、「わが意見を世に問うのは本意でない」と自分の考えや業績を明らかにせず、ひたすら国のためを考えて生き続けた。

ところが明治の終わりになると、突然、発言の頻度が高くなっている。各所で講演を行い、談話を発表するようになったのである。

このように急にメディアの表舞台に立ち始めたのはなぜなのか。さまざまな理由が語られているが、それは世の中に利益優先という考え方が台頭し始めたためのようだ。

渋沢が苦心して起こした企業が軌道に乗りはじめると、それを手本にした株式会社が次々に誕生。やがて、長きにわたって日本人の心にあった「商売は悪である」「利益を追求することは人の道に反する」という考え方は薄れていった。

明治の終わりといえば、ちょうど日露戦争に勝利して喜びに沸いていた時期である。戦争特需という事情もあり、一攫千金を実現した者も多かった。そして、渋沢の教えを曲解し、「金さえ儲かれば何をしてもよいのだ」という拝金主義が出てきたのである。

たしかに、渋沢は「金儲けは悪いことではない」と語った。しかしそれは「どんな方法を使ってもいい」という意味ではない。

大切なのは、国家のため、人のためを第一に考えることである。「公のために尽くす」「利益があれば社会のために還元しなければならない」という倫理観と道徳観があった。それを忘れ、ひたすら金儲けに走り始めた人々の姿を渋沢は黙って見ていられなかったのだろう。

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