無駄な努力は存在する? すぐに報われなくても続ける意味
2025年08月06日 公開 2025年09月02日 更新
ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『努力の地図』(荒木博行著、クロスメディア・パブリッシング)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
報われるかわからない努力の解釈

努力ができるという特性は一種の美徳と言えるでしょう。ただ、様々な事情があってそれをできない人からは煙たがられるものでもあります。特に人から努力をするように強要されると、反発したくなるかもしれません。
私は小学生から高校生の子供を3人育てています。親として子供の熱心な努力に触れるのは心地よいものですが、残念ながらそのような輝きを放つ時はごくわずかで、あとはぐうたら過ごす子供を見てやれやれと思うのです。
ひるがえって自分に対してはどうでしょうか。自分自身が日々全力で努力していると言い切れる大人はほとんどいないかもしれません。人にもよりそうですが、記憶の中に自分が一番努力していた時の印象が強くあって、それと比べるとどうしても今の自分に自信が持てなくなってしまうこともあるでしょう。
それでも、身近で努力している人を少なくとも応援してあげたい、自分自身の努力を少しでも認めたい、と思っている人は多いのではないでしょうか。そのような存在になるために、革新的な視点を与えてくれるのが本書です。以降でその内容に触れていきます。
努力の階層構造
「努力は常に報われるとは限らない。無駄な努力だってある」
「いや、努力はすぐにではなくても、いつか報われるものだ」
などといった「努力持論」はSNSで際限なく展開されています。その持論がどのような視点から展開されているのかを整理するために、著者は努力の分類を4階層で表現しています。その階層を下から順に見ていきます。
第1階層は量の努力です。とにかくたくさん実行するという量の努力はイメージがしやすいでしょう。毎日バットを数百回振る、毎日筋トレをするといったものです。
第2階層は質の努力です。行動した結果や他者からのフィードバックから行動の改善を図るような行為を指しています。
第3階層は設計の努力です。目標に立ち返って俯瞰的な思考を深め、「ほかの行為をする必要はないのか」「もしあるならば、それぞれの行為にどれだけ注力すべきか」と考えます。筋トレの場合、食事や休養のバランスなども含めた全体像を考えることが該当します。
最上位の第4階層は選択の努力です。第1から第3までの階層では目標は固定されていましたが、ここではその目標を選びなおす行為となります。例えば年収向上を目標に掲げていた人が、社会貢献などの新たな目標を考える努力をさします。
この4階層では上位の階層の変更が加わると下位の階層にすべからく影響が及びます。そして下位の階層の努力があって、はじめて上位の階層の見直しに目が向くという特徴もあります。
ある程度量をこなして、質に目が向き、工夫を重ねた先に設計を見直す必要が生じ、設計だけでピンとこなくなると、そもそもの目標を疑い考え直すという流れはイメージしやすいでしょう。
努力の報酬
目標達成などの報酬を求める過程で努力をするとします。その報酬がどのように実現されるかについても、本書では構造が示されています。
即座に得られる報酬には、目標通りのものが得られる「即達成型報酬」、目標とは異なる「即サプライズ型報酬」があります。また、即時ではなくしばらくして得られる報酬では、目標通りのものが得られる「ゆっくり達成型報酬」と、目標とは異なるものが得られる「ゆっくりサプライズ型報酬」があるとされています。
本書から離れ、例を考えてみると、資格試験の勉強をしていて、そのまま合格できる「即達成型報酬」、目指していた試験日では不合格でも、次以降の試験で合格する「ゆっくり達成型報酬」があるでしょう。
他にも資格試験の準備中に築けた人脈で仕事上の新しい案件が作れたら「即サプライズ型報酬」ですし、仮に3年後にその資格学校の講師になっていたら「ゆっくりサプライズ型報酬」と言えそうです。
努力をしたからといって、直線的に即達成型報酬が得られるとは限らない、ということです。目指した成果が得られなかったとしても、間接的な成果や、時間をずらして生じる成果もあるので、すぐに一喜一憂しなくても良いとも言えます。
気になってくるのは努力と報酬の関係です。本書ではその関係を「神話」と呼び、9つの神話が紹介されています。
努力と報酬をつなぐ神話
その9つの神話は面白く、自分が何は信じていて、何は信じていなさそうか、という視点で楽しく読める部分でもあります。
ここからは本書から離れた私見です。皆さんは、努力が何らかの報酬をもたらすとすれば、そこにはどんな関係があるのでしょうか。これに正解はおそらくなく、どのように考えても自由ですし、どれも真実に近いのだと感じています。
私自身は、努力の結果として何かを達成することをまじめに目指しているのですが、何かに努力するときの目的はどうも成果だけではなさそうな感覚があります。
どれだけ努力したかも、どんな報酬が得られたかもすべては自分の感覚が認識します。報酬が他者から得られるものという考えに縛られると、私の場合はつらくなる時があるので、努力しているということに対して自己満足を一旦します。それで自己肯定感が上がれば、それで十分報酬が得られたと考えています。
そして、客観的な報酬がどの程度得られるのかは、幸運や周りの状況にもよるので、挑戦度が高ければ高いほどばらつきが大きくて読み切れないと思うのです。もちろん、狙っていた成果が出ることもありますし、そうでないときもあります。それでも努力のプロセスですでに自己満足という報酬が得られているので、結果は大きな問題ではないと考えるようにしています。
それと嫌いなことを人一倍の努力をすることは、大人になるとだんだんできなくなっていくとも感じています。続けられる程度には好きなことにしか、自分は努力ができない種類の人間だと開き直ってもいます。
それらを踏まえ、著者の分類に従うと、報酬が読めないことを想定するガチャガチャ型神話や、外部からの報酬にこだわらない職人型神話あたりが、自分が信じていそうな神話なのでしょう。それぞれの神話の詳しい内容や他の7つの神話の内容はぜひ本書を読んでみて下さい。
幸せと努力の関係
努力を見せない美学もありますし、才能があると思われたいので努力を見せたくない、という側面もあるかもしれません。限界まで努力したことがある人でも、今の自分はそうでもないと思い、努力と言われると少し怖気づいてしまうかもしれません。
身近な人が努力をしていると、嫉妬から足を引っ張る人もいますし、その逆に大谷翔平やイチローのような圧倒的な努力で圧倒的な成果を出す人を尊敬したりもします。努力、という言葉は人間の美しさも醜さも内包した複雑な響きを持つ言葉のようです。
そのような複雑な感情をまき起こす努力という言葉を構造的に理解するとともに、誰かが努力をしているときに気の利いた一言を伝える際や、自分が努力して絶望しそうなときに必要な励ましを自分に与えるために、本書は頼りになる作品です。
自分のアップデートのための努力に活用するためにも、人間理解を深めるためにも、努力に向き合う人にお勧めしたい一冊です。







