日本には、大手飲食チェーンに引けを取らない"ローカルチェーン"が各地に存在します。ライターの辰井裕紀さんは、2021年8月刊行の著書『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』で、地域で長年繁盛してきた7つの店を紹介しています。
そのひとつ、福田パンは岩手県盛岡市発祥のコッペパン専門店。80年近く地元で愛され続け、「コッペパンブーム」の火付け役にもなりました。なぜこれほどまでに長く支持されてきたのか――書籍からその理由を詳しくご紹介します。
※本稿は、辰井裕紀著『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』(PHPビジネス新書)より内容を一部抜粋・編集したものです
※本記事に記載のメニューや価格は、書籍発刊当時(2021年8月)の情報です。現在とは異なる場合があります。
日本のパン研究第一人者が故郷に建てた店

国産イースト開発の草分け「マルキイースト研究所」にいた福田留吉
1948年に岩手県盛岡市で誕生した「福田パン」。長らく地元民に愛され、近年では「コッペパンブーム」の火付け役となり、東北ローカルフードの代表的な存在になった。
その場でパンを作ってくれる、対面式の直営店が3店。そのほか、盛岡市周辺のスーパーや個人商店、さらには高校・大学の購買などの多くでお目にかかれる、きわめてポピュラーな存在だ。
岩手出身のタレント・福田萌さんも「盛岡市民なら、それぞれがオリジナルのトッピングを心に秘めている」と語り、福田パンを愛す。
平日は1日1万個、休日は1万5000個ほどが製造される福田パン。その歴史のページを開いたのは、当時
41歳の初代・福田留吉氏である。彼の半生は波瀾万丈だ。
農学校時代に農学者で詩人の宮澤賢治に教えを受けたのち、賢治の推薦により、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)に勤務する。そのあとに日本初の生イーストを生み、東洋一の大工場をもつ大阪の製パン会社・マルキ号にて日本最先端を行く発酵研究を重ねた。
戦時中には国家総動員法により、留吉は航空兵の携帯食糧を研究する。戦後に岩手へ帰り、進駐軍向けの製パン工場で監督を務めた。
福田パンは、そんな日本のパン作りの礎を築いたひとりが開いた店だったのだ。
朝7時から地元客が列をなす

学校の購買で礎を築いた恩から、学校風の店構えに
留吉の夢を継ぎ、岩手県内で大輪の花を咲かせた福田パン。そのホームタウン、盛岡へ夜行バスでたどり着く。
薄闇の雄大な岩手山に見守られながら、長田町本店は朝7時にオープンする。
取材前のおしのびで7時10分ごろに足を運ぶと、すでにお客さんがひっきりなしに訪れ、慣れた感じで注文していた。
店員さんはまさしく「朝メシ前」といった風に軽々とパンにクリームを塗って袋に入れ、早々と提供してくれる。筆者は1番人気の「あんバター(159円)」を注文。盛岡駅の駅前広場まで戻り、岩手県産の牛乳とともに食べた。
パンを口に含んだ瞬間、塩気のような味わいを大いに感じる。サンド用のパンは、具材を際立たせる「黒子」のように、食感の演出に徹するものが多いなかで、意外。しかしこれがまた滋味に富む風味だ。
そして「こんなに入っていていいの?」と心配するくらいに、クリームが端から端までみっちり入っている。これほどクリームの入ったパンを初めて食べた。
そのクリームはとにかく豊潤で、「甘い」というよりも「気持ちいい」味。コッテリしたバターに加えて、もっちりと食べごたえがあるパンを満足感とともに完食した。

盛岡駅に近い福田パン長田町本店
盛岡駅にも福田パンの販売店があったので、思わず「粒入りピーナツ(210円、直営店では169円)」も買った。
こちらはさらにバターの味わいが濃厚でたまらない。一気に2個食べ終えてしまったあとも、口にパワフルな余韻が残った。このバターのコク、大いに中毒性がある。
これはいよいよ取材で聞くしかない。昼にもう一度本店へお邪魔し、今度は社長の福田潔氏とともに、お店をじっくり見せてもらった。
福田パンを変えた「ヤマザキダブルソフト」

まさかの「ダブルソフト」が福田パンを変えた
福田パンは、ある商品の誕生がきっかけでパンがやわらかくなった。「ダブルソフト(山崎製パン)」だ。
1989年の発売当時を生きた人にとって、ダブルソフトは衝撃だった。カルチャーショックなほどのやわらかさで、マーガリンをまんべんなく塗ると、とびっきりのおいしさだった。筆者も大好きだったが、親が「ふわふわすぎて怖い」なる理由であまり買ってくれずに涙をのんだ。
「その前はもう少し硬いパンだったんです。でもダブルソフトを食べてから、これからは『パン=ソフト』の流れがくると思って、少しやわらかくしました」
年配のお客さんに『昔のほうがいい』と言われることもあった。しかし、麺類でも水分量が多くてやわらかい麺がウケるなど、しっとりやソフトな食べ物が愛される流れを受けて、やわらかめのパンにしている。
「でも、ずっとそれが続くわけではないですし、最近は『何回か嚙んだときの歯ごたえが欲しい』と思いまして。昔ほど硬くはしませんが、ぎゅっと嚙めば味が出るように、10年ぐらいかけて少しずつ変えたいんです。トレンドを読むというより、自分が食べていてそう思うんですよね」
さらなる高齢化を見据えて、パンをのどに詰まらせないよう、嚙んだときにバラバラになるようなパンも研究中だ。
「ポテトサラダ」はただの“かさ増し”役じゃない

カレー(280円)。ポテトサラダがふんだんに入って、ジャガイモ入りカレーのような風合いでおいしい
「うちのパンは、中種をより長時間寝かせる『中種法』という製法で風味を増します。より長時間寝かせることで、嚙んだときの香りがよく出ますね。しっとり感も増しますし、『機械耐性』も向上します」
機械耐性とは。
「パンの生地はデリケートでして。手で生地を切る際、町のパン屋さんが使うスケッパーは縦に落とすだけで、それほどダメージがないんです。ところが機械だとぐいっと強く押し出すので、全体に圧がかかってダメージを受けやすい。1万個の全工程を手でやるのは不可能ですので、機械に耐えうる生地が必要なんです」
ちなみに、福田パンの惣菜パンには、これでもかと「ポテトサラダ」がメイン具材とともに入る。なぜか。
「かさ増しです(笑)。ただ、単品の具材を入れすぎるとくどくて飽きちゃうものもあるし、少なくても物足りない。そこで、どんな具材にも合うポテトサラダを一緒に挟み込みます。片面にはメインの具材、片面にはポテトサラダを塗っておなかいっぱいになれますね」
たしかに、ポテトサラダで具材の味の強さが中和されて食べ疲れしない。具材はすべて、信頼するメーカーに作ってもらう。
要望を出しながら理想に近づけ、納得のいくものができたら数十年同じものを使うのも多い。
「ポテトサラダもいろんなメーカーさんが取り扱う数百種類から、塗りやすさ、挟みやすさと味で選び、ずっと同じものを使います」
サンドイッチ用パンなのに「味が濃い」

口に含むと、ほんのり塩気を感じるパン。パンだけ食べても十分な味わいがある。
「うちのパンは味が濃いです。サンドイッチのような何かを挟むパンって、味を少し薄めにして具材を引き立たせるんですけど、うちは、パンの味を主張させたうえで具材と合うようにします。なので、中身の味もしっかりさせますね」
じつは何も挟まないコッペパンも100円で販売されている。家庭で食卓のおかずを挟むなどして食べられるほか、学生にはそのまま食べるものとして人気だった。
「『よそと違う味』といい意味で語ってくださいますし、パンだけでもおいしいと言ってもらえるのはすごくうれしいです」







