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仲代達矢が語る日本映画黄金時代

春日太一(映画史・時代劇研究家)

2013年01月21日 公開 2020年08月19日 更新

最終的には渋谷の「菊屋」という旅館で捕まって、無理やり会わされて。「どうして断るんだ。本が面白くないか?」って黒澤さんが聞いてくるので、「私は実は『七人の侍』の時にこういうことがあって、黒澤さんから次の話があっても絶対出ないぞと決めているもんですから」と言いました。まあ、若気の過ちというかね、“世界のクロサワ”に向かってよくもまあ。そしたら、「いや、そのことは覚えている。だから君を使うんだ」と。そうなるともう断れませんからね。それで結局は出ることになったんです。

『用心棒』は、ある宿場町に現れた三船敏郎扮する素浪人〈三十郎〉が、そこに巣食って抗争を繰り広げる2組のヤクザ組織を壊滅させるという、西部劇仕立ての痛快時代劇だ。ここで仲代の演じた〈卯之助〉は一方のヤクザの一員で、その怜悧な頭脳をもって〈三十郎〉を苦しめる最大の敵として登場する。懐にピストルを忍ばせ、首に赤いマフラーを巻くという時代劇離れした出で立ちは、当時の観客を驚かせている。

当時、時代考証にこだわる批評家たちからは、「あの当時あんなマフラーなんかない」と批判されました。すると黒澤さんは「その批評家呼んでこい」と。そして、「幕末近くになると横浜でイギリスと貿易があったんだ。スコッチも入っていたくらいだから、あんな赤いマフラーを巻いていた日本人もいたはずだ。卯之助はオシャレな奴だから、それつけていたんだ」と反論されていました。

でも、本当はそうではないんです。黒澤さんは「昔の時代劇の役者は首が猪首だ。それでこそ鎧や着物が合うんだ」と。ところが私は首が長過ぎて、着物から首が不恰好に出ているというんです。「本当は首が短い役者が欲しいんだけどね」と皮肉もいわれましてね。それで、その首をどう隠すかということで、マフラーを巻くというアイディアになったんです。

黒澤さんって、そういう人なんですよ。ジャーナリストの人が「今度の映画のテーマは?」なんて聞くと、「テーマなんてない、俺は撮りたいものを撮るだけだ」なんて言ったりしましてね。でも、テーマはあるんです。あの人なりのテーマが。『用心棒』の時は、「どうしたらヤクザが全ていなくなるんだ」というところから発想しましてね。あの人はヤクザが大嫌いでしたから。それで「ヤクザ同士の喧嘩をさせたらいいだろう」って。それがテーマなんです。

『用心棒』で最も観客を沸かせたのは、〈卯之助〉率いるヤクザ一党と〈三十郎〉との最後の決闘シーンだった。ここで〈三十郎〉は、隠し持ってきた包丁を投げつけることで、最も自分を苦しめてきた〈卯之助〉のピストルをその手から叩き落とす。そして、次の瞬間には一瞬の早業でヤクザたち6人を一気に斬り伏せてしまう。これまで華麗さを売りにされてきた時代劇の立ち回りを、黒澤が現代的でリアルなアクションへと昇華させた、革命的な瞬間である。

三船さんが向こうから歩いてくる。我々ヤクザ一派が反対から来る。それで「近寄るんじゃねえ」みたいなことがあって、三船さんが動く。こっちも動く。向こうは刀を持ってないから、代わりに包丁を持ってきたと。私がピストルを発射する直前にそれを投げると、私の手首に当たってピストルを落としてしまう。これはカットを割らずにカメラ2、3台で一気に撮っているんですけど、一瞬と思えるほどの出来事でした。

三船さんが凄いなと思うのは、たとえば10人斬る場合に、殺陣師の久世竜さんが「三船さん、こう行きます、こう行きます。カメラここにあります。こう来ます、こう行きます」と手を細かく説明しても、三船さんは「うん」と言うだけなんです。それで、黒澤さんが「三船ちゃん、行っていい?」って言うと、「あ、どうぞ」って言うともう本番が始まって。あれよあれよという間に「はい、OK」ですよ。

いろいろな時代劇役者さんと立ち回りのシーンを演じてきましたが、三船さんが一番素晴らしかったです。特に力強さと技の速さですね。伝統的な時代劇役者たちは舞うようにしながら人を斬る。でも、三船さんは相手に実際に当てるんです。それで本当に斬っているがごとく見せて、しかもそれで約10秒に10人、1秒1人を斬っていくわけです。そうすることで、それは今までにない迫力が出ました。

なにしろ動きがよかった。身体能力が凄かった。だから、立ち回りもうまいわけです。それと、テストの時から本気になってやる。動きすぎてセットを壊しちゃうんです。だから、黒澤さんは「壊すな!」ということで、もうリハーサル無し、一発で行こうということになりました。『用心棒』はほとんどそうでしたね。だから、黒澤さんにしたら撮影が早かった。

ただ、あの映画は望遠レンズで全て撮影しているんですが、それが大変でした。普通はカメラが近くに置いてあるので、そのカメラの高さや距離を見ながら、大体どのぐらいの寸法で自分は映っているのかなってわかるわけです。ところが今回は望遠ですから、カメラが遠くにある。それで「あ、ここはロングショットだな」と思って芝居していると、「バカー! おまえのアップを撮ってんだ」って黒澤さんに怒鳴られまして。遠くのものを本来は撮るはずの望遠レンズを使ってアップを撮るんです。だから、歩きながらちょっとでも首を下げると、もうフレームから外れてしまうわけです。

西部劇だと腰から抜いてピストルを出しますけど、『用心棒』の私の役は和服ですから、懐から出すわけで、そうするとピストルは顔の前に構えることになるんです。火薬は入っていなくても、弾は出るピストルですからね。それで撃つ瞬間に目をつぶってしまうんです。すると、黒澤さんから「アップで撮ってんだから」とまた怒鳴られる。

それとホコリも大変でした。『用心棒』では西部劇の雰囲気を出すために、物凄い量の砂埃を舞わせるんです。きな粉と砂とそれから塩が入ったやつを使いましてね。冬だったもんですから、霜が立たないように塩が入るんです。すると目を開いてられないぐらいつらいんですが、それでも黒澤さんは「目を開いてろ」というわけです。だから、「ああ、望遠というのは凄いものだな、うかうかしてられないな」というのはありましたね。しかも黒澤さん、「おまえのアップを撮ってるんだぞ」というのを知らせてくれないんですよね。「どのシーンも、みんなその気になれ」って。

まあ……20代だから耐えられたというか、20代にああいう強烈な人との出会いがあってよかったんだと思います。

 

春日太一

(かすが・たいち)

映画史・時代劇研究家

1977年東京都生まれ。日本大学大学院博士後期課程修了(芸術学博士)。時代劇を中心とした日本の映画やテレビドラマを研究。失われつつある撮影所文化を後世に残すべく、当事者たちへの聞き書きをライフワークにしている。
著書に『時代劇は死なず!―京都太秦の「職人」たち』(集英社新書)『天才 勝新太郎』(文春新書)、共著で『時代劇の作り方 プロデューサー能村庸一の場合』(辰巳出版)などがある。

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