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「仕事で致命的な失敗をする人」の共通点は? 心理学者が指摘する脳の特性

榎本博明(心理学者)

2025年10月29日 公開

「仕事で致命的な失敗をする人」の共通点は? 心理学者が指摘する脳の特性

優秀で意欲もあるのに、なぜか忘れ物や遅刻などのミスが多い――。そんな「有能なのにミスが目立つ人」はなぜ生まれるのでしょうか。心理学者・榎本博明さんは、その背景に「記憶機能の特性」が関係していると指摘します。本稿では、書籍『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』から解説します。

※本稿は、榎本博明著『なぜあの人は同じミスを何度もするのか』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。

 

「有能なのにミスも目立つ人」はなぜ存在するのか?

何かとすぐに忘れる。うっかり忘れてしまうことが多い。それで仕事に支障が出る。このような従業員の扱いに困っている。

そんな話を聞くと、どうしようもなくいい加減な人物のように思うかもしれない。もちろんいい加減でやる気のない人物もいるだろうが、ただ、そのような人物であれば、それなりの処遇をすればよいので、ある意味わかりやすい。

困るのは、普段の仕事ぶりからしてけっしていい加減な人物というわけではなく、むしろモチベーションが高く能力的にも優秀なのに、なぜか物忘れや細かなミスが多く、仕事に支障が生じる、といったケースだ。

 

納期に遅れる、書類を忘れる......いったいなぜ?

ある管理職は、そんな部下についての疑問を口にする。

「うちの部署に変わり者がいるんですよ」

――変わり者ですか。どんなふうに変わってるんですか?

「普段接している分にはとくに問題ないし、変わり者って感じではないんですけど、何かと忘れてしまうんです」

――何かと忘れてしまう? 具体的には、どういうことを忘れるんですか?

「そうですね......たとえば、必要な書類を打ち合わせの場にもって行くのを忘れたり、人数分の資料のコピーを前もって用意しながら当日会議に持参するのを忘れたり......とにかくよく忘れるんです」

――それは困りますね。

「社内の会議でのミスなら何とでもなりますけど、取引先との打ち合わせの場に必要な書類を持参するのを忘れたり、先方と約束した納期に間に合うように商品を発送するのを忘れたりするのは、ほんとに困るんです」

――そのようなことが実際にあったんですか?

「あったなんてもんじゃないです。何度もです」

――そうですか。それはほんとに困りますね。

「そうなんです。弊社の信用にもかかわりますし。でも、困っているのは、そこじゃないんです」

――そこじゃない? いったいどういうことでしょうか?

「仕事のできない問題社員なら、取引先とやり取りするような重要な仕事から外せばいいわけですが、じつは彼は非常に優秀なんですよ。たとえば、こちらの商品や企画を先方に説明する際に、彼がいると助かるんです。ミスのない別の部下よりも、的確な説明ができるんです」

 

忘れ物や遅刻、すっぽかしが発生するメカニズム

一般に、記憶は「過去の出来事を覚えている心の機能」というようなイメージでとらえられている。

だが、しなければいけないことをタイミングよく思い出したり、今後の予定をしっかり頭に入れたりするのも、一種の記憶機能である。そこで、記憶を過去についての記憶と未来についての記憶に区別して考えてみよう。

 

・「回想記憶」と「展望記憶」の違い

回想記憶と展望記憶

過去の出来事についての記憶を「回想記憶」というが、これが一般に記憶としてイメージされる心の機能だろう。このような意味での記憶が良ければ、過去の出来事をよく覚えているし、いったん頭に入れた知識をしっかり覚えているため試験で良い成績を取ることができる。また、同窓会などで昔のエピソードをよく覚えている人がいると、「そういえば、そういうことがあったな」と他の人も思い出したりして、場が盛り上がる。

一方、未来のある時点にしなければならないことについての記憶を「展望記憶」という。これは目新しい用語で、イメージが湧きにくいと思うので、もう少し具体的にみていこう。

朝食後に薬を飲むこと。お湯を沸かした後はガスの元栓を締めること。必要な物をもって出かけること。駅に行く途中にある郵便ポストに郵便物を投函すること。職場に着いたらすぐに上司に昨日の取引先との打ち合わせ結果を報告すること。午前中のうちに取引先に電話して、商品の納期についての確認をすること。午後3時からの社内会議に出席すること。夕方までに明日の会議のための資料を作成し、メールで参加者全員に事前共有しておくこと。夜7時に友だちと約束した店に行くこと。

ある一日の予定として、このようなことがあるとしたら、それぞれの予定を覚えておき、適切なときに思い出す必要がある。それが展望記憶の機能である。上のように並べてみると、私たちがいかに多くの予定に関する展望記憶を活用しているかに気づくだろう。

回想記憶と展望記憶の関連を探った研究によって、回想記憶の能力と展望記憶の能力との間には関連がみられないことがわかっている。つまり、「過去のエピソードや知識を記憶し、それを必要に応じて想起する心の機能」と、「未来のある時点ですべきことを記憶し、それをタイミングよく想起する心の機能」は、まったく別物と言ってよいようである。

 

仕事で致命的な失敗をする人に共通する弱点

とはいえ、仕事面で致命的な失敗を犯しやすいのは、何と言っても展望記憶が苦手なタイプである。

展望記憶が悪いと、社会生活において大いに支障をきたすことになる。仕事面では大事な予定を忘れたり重要な書類を忘れたりといった失態を演じてしまい、周囲を呆れさせたり、関係者を怒らせたりしかねない。プライベートでも、約束をうっかり忘れるなど、人に迷惑をかけることになりかねない。

遅刻が多い人物の場合も、回想記憶は優れており、過去の出来事や知識はよく覚えていて、それを仕事に活かして成果を出せているのだが、どうも展望記憶に難があり、会議等への遅刻やすっぽかしが生じてしまう、ということになる。

 

展望記憶に難のある人にはアラームなどが有効

回想記憶と展望記憶という2つの記憶能力の発達を検討した研究結果には、「回想記憶では成人や高齢者より若者の方が成績が良いが、展望記憶では年齢による差はみられない」というものがある。それには、年配者は記憶の衰えを意識してメモを多用したり、しょっちゅうそれを参照したりと、外部記憶装置を使いこなしているということが関係しているのではないか。

実際、高齢になって忘れ物が多くなったとか、予定を失念することが多くなったという人も少なくないので、外部記憶装置を有効に使うことは大切と言える。とくに元々展望記憶に難がある場合は、メモなどの外部記憶装置を多用して、すべきことを忘れないようにする対策が必要と言える。

だが、会議等への出席をうっかり忘れてしまうといった展望記憶に難があるケースでは、メモだけでは心もとない。いくら「〇〇時に〇〇会議室での会合に出席」とメモしてあっても、その直前にタイミングよくメモを見るとは限らない。

そこで必要なのがタイマーなどのトリガー機能の活用である。タイミングよく思い出せるようにタイマーを利用するのである。アラームが鳴れば、そろそろ会議室に行く時間だと思い出すことができる。

展望記憶に難のある人物には、こうした対策を取るように指導するのが有効と言える。

 

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