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2025年の年金制度改正で何が変わった? 収入への影響は? 社会保険労務士が解説

三戸礼子(特定社会保険労務士)

2025年10月14日 公開

2025年の年金制度改正で何が変わった? 収入への影響は? 社会保険労務士が解説

2025年6月、少子高齢化や多様化する働き方・家族形態を踏まえ、年金制度の公平性・持続可能性を高め、「誰もが働き方や家族構成にかかわらず納得できる制度」に見直すことを目的として、「年金制度改正法」が成立しました。

この改正によって、私たちの暮らしにどのような影響があるのでしょうか?大槻経営労務管理事務所の特定社会保険労務士、三戸礼子氏に解説いただきます。

 

年金制度改正の背景

あと数か月で定年を迎える私にとって、「年金」はもはや遠い将来の話ではなく、身近で現実的な問題になりました。これまで「他人事」だった年金制度の改正が、いまは「自分事」として漠然とした不安や焦りを感じずにはいられません。同年代の方々も、きっと同じ思いではないでしょうか。

こうした不安の背景にあるのが、本年6月に成立した「年金制度改正」です。

「年金制度改正? "100年安心"のはずではなかったのか?」

2004年の「年金100年安心」改革は、少子高齢化を見据えて制度の安定を図る大改革でした。しかしこの20年で、景気の低迷や少子高齢化の加速など社会経済の環境が大きく変化し、当初のプランは機能しなくなりつつあります。昨年実施された5年に1度の「年金財政検証」でも、その現状が明らかになりました。

その結果、制度の見直しが議論され、本年の「年金制度改正」に至ったのです。

本稿では、どのような点が見直されたのか、それによって私たちの暮らしがどう変わるのかを整理していきます。

 

主な改正内容

2025年の国会では、社会経済の変化を踏まえ、次の2つの観点から年金制度の機能を強化するための見直しが行われました。

1. 働き方・生き方、家族構成の多様化への対応
2. 所得再分配の強化や私的年金制度の拡充による高齢期の生活安定

主な改正項目は以下の5点です。

① 社会保険の加入対象の拡大
② 在職老齢年金制度の見直し
③ 遺族年金の見直し
④ 厚生年金保険の標準報酬月額の上限引上げ
⑤ 私的年金制度の見直し

国は、制度の機能不全を防ぐため、これらの施策によって「多様な働き方への対応」と「高齢期の生活安定」を進めようとしています。

本稿では主に①②④について整理します。

 

働き方・生き方や家族構成の多様化に対応した見直しで、私たちの生活は変わるのか?

①社会保険の加入対象の拡大

そもそも「100年安心」の年金制度が機能不全に陥りそうになっている原因の一つは、少子化です。年金は現役世代の保険料収入が主な原資ですので、少子化が進む中、保険料収入を安定させる手立てを打たなければ、将来もらえる年金が減少していくことは明らかです。では保険料収入を増やすためにはどうすればよいのでしょうか。

2024年度の総務省統計局「労働力調査」によると、約25年前には拮抗していた専業主婦世帯と共働き世帯の割合が、今では508万世帯:1300万世帯となり、家族のあり様が急速に変化しています。また、共働き世帯のうちいずれかがフルタイム以外のパートタイム労働者であるのが約960万人もいることを踏まえると、社会保険に加入していないパートタイム労働者を対象に含めることで、保険料収入は確実に上がります。

短時間労働者に対する社会保険の適用拡大は平成28年10月からすでに始まっており、現状では従業員数51人以上の企業を対象として、従業員等が
(ア) 週の所定労働時間が20時間以上30時間未満
(イ) 所定内賃金が月額8.8万円以上
(ウ) 2か月を超える雇用の見込みがある
(エ) 学生ではない
のいずれにも該当した場合、社会保険の加入が義務付けられています。

今改正では、さらに適用範囲が拡大されます。

1つ目は「企業規模の撤廃」です。企業規模にかかわらず社会保険への加入が義務付けられるようになります。2027年10月からは36人以上、2029年10月からは21人以上、2032年10月からは11人以上、2035年10月からは10人以下の企業へと、今後10年かけて段階的に企業規模要件が撤廃されます。

2つ目は「月額賃金8.8万円以上」の制限撤廃、いわゆる「106万円の壁」の解消です。今年の最低賃金は全国平均で1100円以上になる見込みです。例えば週20時間の契約で働けば賃金は月額8.8万円以上となり、賃金要件は形骸化します。撤廃時期は「全国の引上げ状況を勘案して3年以内」とされています。

賃金要件が撤廃される前であれば、賃金をそれ未満に抑えることで社会保険に加入せず家族の扶養でいられましたが、撤廃後はその道が狭まります。

国は、改正により社会保険に加入することになったパートタイム労働者への支援策を講じるとしていますが、一時的な対応に過ぎません。社会保険料の天引きにより手取りが減るパート労働者にとっては、将来の年金受給というメリットよりも、今の生活への影響の方が深刻なデメリットとなる可能性があります。

②在職老齢年金制度の見直し

年金制度が機能不全に陥りそうになっている原因には、少子化と並んで高齢化もあります。ご存じのとおり高齢者人口は増加傾向にあり、それに伴って働く高齢者も増えています。内閣府の2025年版高齢社会白書によると、2024年の65歳以上の就業者数は労働力人口の13.6%、つまり働く人の7人に1人が高齢者です。そして、その8割が高い就労意欲を持っているそうです。

しかし、その就労意欲を阻む仕組みとして「在職老齢年金制度」があります。これは老齢厚生年金受給者を対象に、年金と賃金の月額合計が51万円(支給停止基準額)を超えると、超えた額の半分が年金から差し引かれるという仕組みです。このため「働き控え」が生じているのが実情です。

今改正では、働く意欲のある人がより働きやすくなるよう、2026年4月から支給停止基準額を62万円に引き上げることになりました。

とはいえ、現在の老齢厚生年金の平均受給額は男性で約16万円、女性で約10万円です。年金と賃金の合計が62万円になるのは単純計算で46万円以上の給与を得ている人であり、この改正の恩恵を受けられるのは一部に限られるのが現実です。

 

所得再分配の強化により高齢期の生活の安定を図る見直しで、私たちの生活は変わるのか?

④厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の引上げ

社会保険料や年金額の計算は、賃金に応じた「標準報酬月額」をもとに行われています。ただし、この標準報酬月額には上限があり、厚生年金保険では現在65万円です。近年の賃上げにより、男性会社員の約10%が上限に達しており、保険料が相対的に低く抑えられ、将来の年金額も実際の賃金に見合わないという課題がありました。

そこで、賃金月額が65万円を超える従業員が実際の賃金に見合った保険料負担・年金受給に近づくよう、上限を75万円に引き上げることになりました。引上げは段階的に行われ、2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円となります。

現行の上限65万円が75万円に引き上げられた場合、本人の保険料負担は約9,100円増え、それに伴い将来の年金支給額は月額5,100円上がると試算されています。この改正は高所得者が中心ですが、65歳までの保険料収入増加により、年金財政全体にプラスの効果をもたらすと考えられます。結果として、年金受給者への再分配や生活安定にも一定の寄与が期待されます。

 

不安は制度を正しく理解できていないことで生じる

漠然とした不安や焦りは、制度の内容を正しく理解できていないことから生じるものです。正確な情報を得て、時代に応じた知識を深めていくことが、より良い未来を築く第一歩となります。

今回の改正では、特定の世代や立場の人が得をしたり損をしたりする場面もありますが、国全体で年金制度を持続させるためには避けられない変化ともいえます。だからこそ私たちは、改正によるリスクを理解したうえで、自分の人生設計を早めに考え、具体的な対策を取ることが大切です。

本稿では触れていませんが、今改正ではiDeCoなどの制度にも変更が加えられています。日本人が苦手とする資産運用にも関心を向け、年金だけでは足りない生活資金を補う仕組みを整えることが、安心した老後を迎える鍵になるでしょう。

あなたの老後は安泰ですか?

著者紹介

三戸礼子(みと・あやこ)

特定社会保険労務士

1965年生まれ、山口県出身。2007年1月社会保険労務士登録、2015年5月特定社会保険労務士付記。2000年1月に大槻経営労務管理事務所(https://otuki.info/)に入所以来、主に大規模事業所の担当者として給与計算や社会保険実務などの業務に従事。2017年10月からは労務コンサルティング事業部に所属。社会保険労務士の3号業務である相談業務に従事し、複数の事業所を担当。前職が大学の文部技官であったこともあり、実務セミナー講師や執筆活動にも注力。学生への指導や教授の学会資料の作成サポートなどで培った経験を活かし、「わかりやすい説明・伝わる内容」をモットーに活動。

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