大世界の創業は1917年。一大娯楽施設として上海のランドマークだった大世界の2代目オーナーは暗黒街の顔役、黄金栄だった。全面改修を経て2017年に100周年を迎えた。(写真・関根虎洸)
中国経済の中心にして世界的巨大都市・上海。現在では超高層建築が林立する未来都市のような風景が広がるが、戦前はイギリス、フランス、アメリカ、日本などの租界(居留地)が設けられ、アヘンの密売で財をなしたマフィアたちが暗躍する魔都だった。そんな上海には今も伝説的なギャングスターたちゆかりの建物が遺されている。
※本稿は、関根虎洸著『迷宮ホテル』(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
伝説のギャングスター

レンガ造りのツアーズ ソーホー ガーデン ホテル。(写真・関根虎洸)
魔都と呼ばれた1920-30年代の上海は、租界(外国人居留地)を中心に西洋建築のホテルや百貨店、銀行などが建ち並び「東洋のパリ」と呼ばれる国際都市として繁栄していた。
一方、華やかな街の路地裏にはアヘン窟や娼館、賭博場がはびこり、青幇(チンパン)と呼ばれる秘密結社が暗躍した。もともとは運河の荷役労働者の結社を源流とする青幇は、アヘン売買と賭博場の経営を資金源として魔都上海の暗黒街を支配していた。そして青幇の伝説的なギャングスターとして知られる杜月笙(とげつしょう)の倉庫だった建物は、現在、上海を訪れる旅行者のためのユースホステルとして利用されている。
地下鉄の新閘路駅から蘇州川沿いを西へ5分ほど歩くと、目的地の「ツアーズ ソーホー ガーデンホテル」へ到着した。
「上海蘇州河畔国際青年旅舍」と書かれた煉瓦のアーチを潜り、エントランスの扉を開けると、倉庫を改修した名残のロフトを設えたロビーが広がっている。バックパッカーが行き来するフロントでチェックインを済ませ、ルームカードを手にした私は、20代だろう男性スタッフに語りかけた。
「ここはかつて杜月笙の倉庫だった建物ですよね」
「...はい。そうです。ドゥーユエション(杜月笙)の建物でした」
男性スタッフは少し考えてから思い出したように答えると、次のように続けた。
「ドゥーユエション(杜月笙)のことは中国人なら誰でも知っていますよ。彼のストーリーは映画やドラマにもなっています」
上海マフィアの盛衰

新聞に掲載された黄金栄が大世界の前を掃除している写真。フランス租界の警察署長にして青幇のボスだった黄金栄。写真に映るその姿は時代の変化を象徴していた。
幼い頃に両親を亡くした杜月笙は貧しい少年時代を過ごした。不良少年から街のチンピラとなり、青幇に入会して暗黒街の顔役である黄金栄の家に出入りするようになる。ちなみに黄金栄の表の顔はフランス租界の警察署長だった。
アヘンの強奪などで名を上げた杜月笙は、やがて青幇のボスに上り詰める。そして蒋介石から国民党の要職に指名され、政財界にも影響力を持つようになると、銀行を経営し、上流社会の名士として慈善事業も精力的に行った。
翌朝、私はホテルで朝食を済ませると「大世界(ダスカ)」へ向かった。1917年創業の大世界は、かつて上海のランドマークだった娯楽施設である。そして2代目オーナーは青幇のボスとして知られる黄金栄だった。大世界という上海のランドマークを手にした暗黒街の顔役だったが、魔都上海にも終焉の足音が近づいていた。
1949年に国共内戦で国民党が共産党に敗れると、時代は一気に舵を切る。黄金栄は裁判にかけられ、その判決は罰として数カ月間「大世界の前を掃除すること」だった。かつての首領が老人となり、掃除をしている姿は新聞に掲載され、その姿を見た上海市民は時代が変わったことを実感したのだという。
私はホテルへ戻ると、改めてフロントの男性スタッフに問いかけた。
「この建物はやはりアヘンの倉庫だったのでしょうか」
男性スタッフは少し微笑んで、小さく首を横に振った。
「私には分かりません」
(2020・1)







